2004年3月11日 木曜日
 道南口説 (4訂)

  4月に北海度の函館近辺を旅行することにしたのだが、旅行地図を眺めているうちにこの地が昔よく歌った民謡「道南口説」の舞台であることを思い出した。それで「道南口説」を歌ってみるのに、久し振りに歌うせいか歌詞が思い出せない。何度か歌ってみているうちにだんだん思い出してきた。この歌は函館から松前までの地名を織り込んだ歌。
   有名な歌なのだからネットを探せば正確な歌詞が出ているだろうといろいろ試みたが意外にもこれがみつからない。本屋さんに行ってみても、民謡の本そのものがほとんど置かれていない。店員さんに尋ねてやっと2冊見つけたが、「道南口説」は載っていなかった。沖縄民謡の隆盛に比べて、ヤマトの民謡界はどうなっているんだろう。ひどい凋落振りだ。
  松山市立図書館で書庫から『日本の民謡』(雄山閣・4or5巻本)の「北海道編」を出してもらっが、「道南口説」は出てない。それでは、と図書館の二階にカセットテープ・コーナー行ってみたらここでやっと「道南口説」(杉淵薫の唄)に会えた。テープに付属している歌詞ペーパーをみてみると、3番までは私の記憶どおりだった。4番以下は私の知っているものとは違っていた。
オイヤサーエ
1 オイヤ
私ゃこの地の荒浜育ち
声が悪いのは親譲りだよ
節が悪いのは師匠無い故に
一つ歌いましょうはばかりながら
2 オイヤ
主と別れた山の上の茶屋に
鴎鳴く鳴く臥牛のお山
甲斐性無いゆえ弁天様に
振られ振られて函館発てば
3 オイヤ
着いた所は亀田の村で
右に行こうか左に行こうか
ままよ七重浜久根別過ぎて
行けば情けの上磯ござる
4オイヤ上り一里で下りも一里
浜に下れば白神の村
波は荒磯 荒谷過ぎて
大沢渡って及部(おいべ)にかかりゃ
ついに見えたよ 松前城下

今夜の泊まりは城下の茶屋で泊まるサエ
※ 「臥牛のお山」は「臥牛山」で美しい夜景で有名な「函館山」の別称
※ 「大沢」「及部」はともに川の名前
※ 私の記憶では 4番は「 アイヤ沖の大船白波わけて/私ゃ茂辺地の道踏み分けて…」といったもので、全体にもうちょっと長かったと思う。いづれどこかで見つけたい。
  なお、インターネットで検索できた関連サイトは次の通り。それぞれに興味深い。「道南口説」は新潟民謡「広大寺」を源としており、「八木節」や「津軽ジョンガラ節」と同じ系譜にある歌のようだ。

1「道南口説き節」の歌詞(上の歌詞とは違う)の一部と歌の解説

2「道南口説き」の系譜についての解説

3「新保広大寺」についての解説
  民謡のテープを買っみた。「決定版 日本の民謡〔1〕東日本篇」(2500円 KING RECORD)。しかし、聞いてみたらこの歌詞は民謡歌手佐々木基晴さんの採譜によるものだそうで、私が知っているものとは違っていた。

  函館の西側は松前半島。私の知っている「道南口説」は函館を出発して松前半島を西に辿り松前までを歌ったもの。佐々木基晴さんの「道南口説」は逆に、函館の東側の亀田半島の先端、恵山(えさん)岬から函館に至るもの。だから、この両方の歌詞を歌えば、北海道南部を端から端まで辿ることになる。佐々木さんの採譜による歌詞は次のようになっている。 
オイヤーサーエ
オイヤ 上(かみ)でいうなら矢越(やごし)
下でいうなら恵山のお山
上り一里で下りも一里 
恵山(けいさん)お山の権現様よ

オイヤ わずか下れば 湯茶屋がござる 
草鞋腰につけ 椴法華(とどほっけ)通りや
恋の根田内(ねたない) 情けの古武井(ぶい)
思いかけたる あの尻岸内(しりきしない)

オイヤ 沖に見えるは ありゃ武井(むい)の島
武井の島には鮫穴がござる
とろりとろりと浜中通りゃ
沖の鴎に千鳥が浜よ

オイヤ 着いた所は 湯の川村よ
さてもおそろし 鮫川ござる
おまえ砂盛 わしゃ高盛よ
ついに見えたよ 函館の町

今夜の泊まりは 新川茶屋で泊まるサエ
   道南地方の海岸線のほとんどには臨海道路が開かれているが、この唄に歌われる西の「矢越の岬」と東の「恵山」の海岸だけは道が通っていない。峻厳の地なのである。「恵山」の海岸には無料の混浴温泉「水無海浜温泉」がある。函館から車で一時間だそうだ。