2004年3月8日 月曜日
 日本国憲法の不可逆性

  昨日の「しんぶん赤旗」に自民党の平沼赳夫衆議院議員が自民党機関紙「自由民主」三月号に書いた次のような文章が紹介されていた。

「私は現憲法第96条に準拠して憲法を改正することに反対である。」
「現行憲法を失効して、その無効を確認した上で、旧帝国憲法に復元したのち、正当なる法の手続きに従って改正すべきだ。」
  一見荒唐無稽にもみえる平沢代議士のこの議論は実は、現行憲法のもつ「不可逆性」という厚い壁にぶつかった改憲論者の悲鳴なのである。平沼代議士はさらにこう叫ぶ。
  
(憲法前文に、人類普遍の原理に反する「一切の憲法、法令、詔勅を排除する」と明記されているが)この「人類普遍の原理とは「基本的人権」「戦争放棄」「主権在民」を指す。この3点に少しでも反する改正は不可能なこととなっているのだ」
   つまり、平沢代議士は、現行憲法改正という方法では、基本的人権の制限や集団的自衛権の確立や天皇の元首化はできないと見抜いたのである。この記事の執筆者・藤子のように「ウルトラ右翼の議論にゆきついた感じ」ということも出来るかもしれないが、それよりも改憲論者として真摯に現行憲法に対峙した結果、この憲法のもつ「不可逆性」に気づき、新たな展開を模索している、と見るべきではないか。
  平沢代議士が提起した問題は、すでに「日本国憲法・検証 第七巻 護憲・改憲史論」(小学館文庫2001年)のなかの「論点3 憲法の改正は無制限に行えるか」でもとりあげられていた問題である。
   そこでも、現行憲法98条1項の「最高法規の宣言」によって、前文で宣言する「国民主権主義」「永久平和主義」「基本的人権尊重主義」を否定する改正は行えないことが論じられており、平沼代議士の論点と同じである。
  現行憲法は先の侵略戦争に対する深い反省に裏打ちされており、改憲派が多数を占めればそれで解決といったものではないのである。「最高法規の宣言」による「不可逆性」に裏打ちされた現行憲法は、改憲派にとっても「難攻不落」の城である。平沼代議士はそれを言っているのである。