長寿  忘暮楼日記2004年1月4日 

 9ヶ月間の沖縄生活で「長生き」についての考え方が少し変わった。

  私は元来、生命についての実感が乏しいほうで、 人が死んでもそれほど悲しめない。畏友衛藤由章は随分早く死んでしまったが、こんな世の中をみていると、遺族のみなさんには申し訳ないが、彼の早世を羨ましく思ったりもするのであった。「人の命は地球よりも重い」などといわれると全くついていけない。

 そんなわけで私は「長生き」について特段の希望は持っていなかった。そんな私が長生きもいいものだなあ、とはじめて思ったのは、那覇の桜坂の映画館でドキュメンタリー映画『白百合クラブ 東京へ行く』を観ての帰り道だった。この映画は、石垣島で活躍する、平均年齢70歳という歌と踊りのサークル「白百合クラブ」が念願の東京公演を成功させるまでの道のりを記録した作品である。長生きも結構いいもんだなあ、私も何かをしながら長生きしてみようか、そんなことを思ったのだった。

 その何かは、私の場合、今やっているサンシンということになると思う。もう少しサンシンの腕前を上げることができれば、けっこうあれこれやっていけそうな気がするのである。
 さて、人様の前でサンシンを弾くことになると、いつまでも楽譜に頼っているわけにも行かない。やはりとりあえず、10曲くらいは暗譜しておきたい、というのが当面の見栄である。
 ところがである。記憶力の減退というものはどうやら、頭の問題だけではないようなのである。指の記憶力も加齢とともに減退しているようなのである。記憶力の減退している指に暗譜させるためには、時間をかけて反復するほかない。つまり、私にとってサンシン上達の方法は「長生き」しかないことに気づいたのである。

 何かをするための「長生き」する、これはこれまでの私の人生にはなかったアイデアである。そんなことを考えつつ新年を迎えた。