忘暮楼日記 2004年

1月3日

年末メモ


 正月も三日になってやっとweb日記に手をつける気になってきた。昨年は12月6日が最後の日記となっているから、ほぼ1ヶ月のお休みだった。その間の出来事を、とりあえずメモしておく。
12月7日 糸満サンシン愛好会ライブに参加 松山の「結弦」の皆さんも同道
12月8日 永徳民謡研究所
12月9日 首里方言講座 ルーシーちゃんお休みで伊狩典子先生とマンツーマン
12月10日 慶良間諸島での二回目のダイビング 帰路波高し 
12月11日 永徳民謡研究所 
12月12日 カチャーシー仲間と流舞てだの会会主玉城千枝子先生を囲んで民謡酒場「うぐいす」で「呑む・打つ・舞う」(「打つ」は太鼓である)、さらに、居酒屋「グリンピース」で一杯。
12月13日 夜国際通り「まるみかな」へ最後の訪問。小浜司店長から餞別とてレア物の泡盛をいただく。 
12月14日 松山から来沖中の漢那さん夫妻をヤンバルにあんない。キジョカの芭蕉布の作業場は運悪く休館日だった。義父命日。吉良上野介が炭小屋で発見された記念日でもあるが、この日フセイン大統領が狭い穴に隠れているところをつかまった。
12月15日 漢那さん夫妻に沖縄中部を案内。勝連城跡など中部城跡めぐり。 
12月16日 帰国準備・最後の首里方言講座。伊狩典子先生から餞別とて沖縄銘菓チンスコウをいただく。
12月17日 荷造りと室内清掃。発つ鳥、後を濁さず。
12月18日 マンションの公共料金清算、最後の洗濯。永徳民謡研究所での最後の稽古。反省会。
12月19日 午前八時、那覇港出港 。大時化。ドドーン・ミシミシミシが続く。乗務員の部屋の棚の上の荷物がみんな落ちてしまったそうだ。20ノットのフェリーが12ノットくらいで航行したらしい。
12月20日 午前八時に鹿児島港に到着するはずが午後2時20分到着。那覇から鹿児島まで30時間かかってしまった。入港が午後になってしまったのは初めてのことだそうだ。上陸後、雪のなか高速道路で北上、鳥栖まで5時間近くかかってしまい、筑後川温泉で一泊。
12月21日 九時、筑後川温泉発。臼杵から八幡浜へ。1時間前到着は先着5名まで50%割引というのがあって、1時間待って3500円で豊後水道を渡った。老舗の宇和島運輸フェリーが競争相手の九四フェリーの客を少しばかり横取りするための割引だった。16時半自宅に到着。疲労困憊。
12月30日 年賀状の作成・発送。