2003年11月16日

「資本主義の精神」

  今年は、農作物窃盗事件が目立った年だった。泥棒たちはコメ、ナシ、リンゴ、柿、など収穫直前の農作物を盗んでいく。農作物窃盗事件はこれまでもあったのであるが、今年は30%くらい増加したと報道された。
  沖縄県警が2002年度の万引き事件をまとめた。「県内の『万引き』事件の認知件数が、昨年1年間で1000件を突破した上に10年前の約7倍となるなど増加傾向にある」、「今年に入っても増加傾向に歯止めがかからず」、「1日平均で3.1件の万引きが認知されて」おり、「最近では幼稚園児が万引きするなど低年齢化が進んでいる」とのことだ(「琉球新報」)。
   そういう報道に接するたびに思い出すのがなぜか二宮金次郎少年の銅像であった。故郷の小学校の校庭に、本を読みながら薪を運ぶ二宮金次郎少年の銅像があった。
  金次郎少年の銅像は「資本主義の精神」(M.ウェーバー)である「勤労」賛歌であるわけだが、勤労の倫理が衰え始めたのは1960年代後半から1970年代初頭にかけてだそうだ。それは
  • 労働をほかの中心的関心事のための手段ととらえる考えかたのひろまり
  • 離職率の高まり
  • 無断欠勤
  • 山猫スト
  • 職業生活からの早期引退
などの現象にあらわれているという(稲上 毅 《世界大百科事典 第2版》.)。妻が定年前に退職して趣味生活に入ったり、私が定年後の継続雇用(時間講師)の機会を利用せず直ちに遊び人生活に入ったりするのも、結構、時代の産物であったりするものらしい。
  さて、「資本主義の精神」に対立するこのような現象の一つが実は、農作物窃盗事件や万引き事件の横行ではないかと私は思うのだ。清沢洌の「暗黒日記」には戦時中の窃盗事件の横行振りが何度も取り上げられていたが、将来に見通しが立たない時代になると窃盗が増えるのかもしれない。将来の見通し、時間の自己化こそが「勤労の精神」を生み出すものだからだ。