2003年11月12日

竹富島の種取祭 その1 庭と舞台と

  竹富島の種取祭を見物した。竹富島の最大の祭礼だそうだ。「種取」というのは島は畑作しかできないので稲ではない。粟の実の種取りのようだ。

  このところ一人旅が続いていたが今回は珍しく妻と二人の旅だ。石垣島の港近く「ホテル・ピースランド石垣」に宿を取った(なかなか感じのいいホテルだ)。竹富島は船で10分でいける。最終日の午前10時ころから午後2時まで昼食を挟んで4時間ほど世持御嶽の奉納余興を見物できた。奉納される舞踊・狂言は80演目にも及ぶという。

  奉納余興は集落の一角にある世持御嶽(ゆむちうたき=一種の神社)の境内で演じられる。二日間で奉納される出し物は80演目以上、今年の打ち上げは二日目の18時頃だった。

   島の集落のあちこちに更地になった住居跡がある。島から石垣や沖縄へ移住した島民がたくさんおり、今では島の人口より移住者の人口のほうが圧倒的に多くなっているそうだ(アイルランドの如し)。

   移住者たちは移住先でそれぞれ「郷友会(きょうゆうかい)」をつくり、年に一度の種取祭になるとほとんど全員が一斉に帰島する。多くはただ帰るだけではない。奉納する踊りをしっかり稽古して舞台衣装を携えて帰島するのである。 
  
(下の写真)世持御嶽。正面に鳥居があり、その奥に大型テントの骨組みが見える。鳥居の中あたりが拝殿である。
(下の写真)鳥居の内側の骨組みにテントが張られている。太い2本の棒は上の写真の鳥居である。「庭の奉納」では、このようにして境内の広場(庭)から踊りが奉納される。太鼓の横が空いているのはここは神の座に通じているからである。太鼓のあるあたりは「舞台の奉納」の舞台のいちである。
(下の写真)左に鳥居が見えている。中央の一段高いところが「舞台の奉納」の舞台である。右に拝殿があるがこの写真には写っていない。
(下の写真)右側の拝殿に向かって踊りが奉納されているところ。幕の裏側で地謡(ジウテ)が演奏している。演奏はすべて島の人が担当する。テントの中は見物客でいっぱいである。