2003年10月31日

沖永良部島をまわる その1

  秋風に誘われて三週連続の週末旅行に出かけた。

  12月20日ころに四国へ帰ることにしたのだが、その気になると帰心矢の如し、さっと四国に着きたくなってきた。

  そこで当初の計画であった「奄美諸島総なめ」のコースを前倒しして、今のうちにいくつか回っておこうのいうのである。1月から3月までの滞在費がいらなくなるので、それをこちらに回したと思うことにする。 
 先週末の与論島につづいて、今回は沖永良部島である。

沖縄ツーリストのパックに一席だけ空きがあると聞いて前日に沖永良部島行きを決めた。いつもあわただしいことである。今回は9人乗りの双発機。妻が粟国島(あぐにじま)にいくときに乗ったのもこの手の飛行機だったのだろう。

 うれしいことに私の席は操縦席の隣。ちょっと興奮した。私の前には副操縦桿が設置されている。操縦士が脳内出血で倒れたら私が操縦することになる(のかな)。

 機内の様子。これは帰路の写真だが往路では最前席の右側が私の席だったわけだ。

 まもなく勝連半島の先端にある米軍基地「ホワイビーチ」が見えてきた。98年の「沙漠の狐作戦」で第31海兵遠征部隊2000人はここから出撃しここに帰還した。アメリカの原子力潜水艦もここに寄港する。(『沖縄・米軍基地の素顔』NHKライブラリ)

 50分の飛行である。高度1860メートル。「木の葉みたいな我が与論」・与論島が見えてきた。

与論島の百合が浜。潮が引くとこの写真のちょうどまんなかあたりに白砂の「沙漠」が出現する。

  この海岸では防風林のモウクマオウがたくさん枯れていた。昨年の9号(だったと思う)台風でやられたそうだ。

  ここでテントを張ってみやげ物を売っているおねえさんが「今年の夏は日陰がなくて暑かったね。白い砂が反射して50度近い日もあったさあ」と語っていた。

沖永良部空港に着陸態勢に入った。風が強いのか機体が左右に揺れている。無事着陸したときは思わず「ごくろうさま」とつぶやいたものだった。