2003年9月27日 土曜日

涼しい沖縄

  2週間ちょっと松山に帰っていた。松山では、仲間たちとの「集い」が毎日続いて、気になるできことは沢山あったのだが、日記を書く気分になれなかった。9月17日以来10日ぶりの「忘暮楼沖縄日記」である。
  昨日沖縄入り。那覇空港から「ゆいれーる」(8月から営業が開始されたモノレールの愛称)に乗る。平日の昼下がりだけど満員である。地元の乗客のなかに座席で週刊誌を読んでいる人がいた。初見だ。「ゆいれーる」の定着の兆しとともに、那覇市民の変化の兆しも感じられた。

  八つ目の古島駅で下車してエレベータを二つ乗り継いでタクシー乗り場へ。待ち構えていたタクシーに乗って宜野湾市真栄原の「我が家」へ。運転手にさっそく気候の近況を聞く。このまえの台風(9月11日)以降朝夕はかなり涼しくなり、夜中もエアコンはつけなくてよくなった、とのこと。うれしい情報であった。
  夜は予定通り、永徳師匠と兄弟子とともに、沖縄市の「百軒通り」の「舞歌」へ沖縄民謡の太鼓の練習に出かけた。この店の桃原勇行さんが太鼓の名手なのだ。
  実は明日は永徳師匠の四女さんの結婚披露宴に招待されている。「おのうえさんは沖縄の結婚披露宴、見たことないだろう。見に来たらいいよ」とのお心配りである。その席で永徳師匠が娘のために三線を弾くんだけど、私に太鼓の伴奏をせよ、とのお達しである。
  勇行さんから沖縄太鼓の基本を教わった。基本打法は6種だそうだが、そのうちの3種を教えてもらった。この三種の基本打法で五、六曲練習させてもらった。そのうち自然と沖縄っぽい太鼓の響きになってきたのには驚いた。明日もう一度おさらいをすれば、披露宴の伴奏は何とかなりそうだ。がんばるぞ。
  12時頃に店を出たが、兄弟子はついでに「我が家」の近くの「グリンピース」に寄って帰る、という。「グリンピース」のママさんには「新人賞」受賞のときにお祝い葉書をもらったので挨拶を兼ねて立ち寄ろうというのである。元気だなあ。
  代行で「我が家」に帰る。車を駐車場にバックで入れてもらって1000円であった。沖縄の代行はバカ安である。兄弟子と「グリンピース」に入ったが、私はもうフラフラで挨拶もそこそこに退出した。
  「我が家」に帰り窓をあけると涼しい風が吹いてくる。タクシーの運転手の言ったとおりだ。太鼓の音にしばしうなされたがそのうち眠ってしまったようだ。
  例の如く3時にはスナック雑居ビルのおねえさんたちの嬌声で目をさます。涼しい風が部屋を吹き通っているためか腹も立たない。5時にはゴミ収集車が大きなエンジン音を響かせて雑居ビルにやってきた。これも毎日のことだが、涼しい風がいらいらしそうな私を癒してくれる。いい季節になったぞ。
  ※今日の沖縄は太平洋高気圧の縁にあり北東の風が吹きつづけている。