2003年9月11日 木曜日 

石原慎太郎東京都知事のテロ当然視発言

  小泉訪朝のお膳立てをした外務省田中均審議官の自宅に爆発物が仕掛けられた。田中参事を眼の敵にしている石原都知事はテレビで北朝鮮の言いなりになっている田中審議官がこうなるのは当然だ、と発言した。
 
  石原都知事はさらに自民党総裁選挙の街頭演説においても「誰のための外務省か分からないことをずっとやってきた。だから、国民が怒って、その怒りがつまって、つまって、高まってああいう形になった。これは否めないと思う」と自分の発言を正当化した。
  そもそも近代日本とよばれる明治政府はテロの嵐の中で生まれ、テロの嵐とともに育った政府である。明治政府を賛美する人々は必ずテロ肯定派なのである。小泉首相は賢そうな顔をして石原慎太郎の発言を批判していたが、同じ穴の狢である。
  石原慎太郎の発言はいうまでもなくテロ肯定の発言である。各方面からいっせいに批判の声が沸き起こっているのは当然のことであるのだが、わたしは別の感想ももった。
  9・11の当日のことを思い出す。世界貿易センターが崩落する様子を眺めながら、わたしは「アラブの人々がイスラム社会に対するアメリカの冒涜に怒ってこういう形になったのだ」と思い、「当然の報いだ」と思ったものである。
  石原都知事とわたしとでは考え方はまったく異なっているがテロに対する寛容という点では共通したものがあることに気付かされたのであった。
*今日は9・11二周年の日である。 ニューヨークでの犠牲者名簿のサイトを見つけた。激突させられた航空機に乗っていた人々の名前もでている。