2003年8月15日 金曜日

沖縄の8・15

  「8・15終戦記念日」を今年は沖縄で迎えた。

 三線仲間のHさん(61歳)、Tさん(66歳)に「8・15」の記憶を聞いてみると、「8・15」についての特別の思い出はない、とのことだった。食糧を手に入れるのに精一杯だったんじゃないかなあ、と振り返る。Hさんたちに限らず沖縄県民にとって「8・15」はほとんど意味のない記念日であろう

  米軍は6月23日にほぼ全島を制圧し、離島の戦闘も7月2日には終了していた。「8・15」は沖縄にとっては「終戦記念日」ではなく、「終戦後」の通過儀礼のような一日だったのだろう。
 沖縄からみれば、ポツダム宣言(7/26)や、広島・長崎への原爆攻撃(8/6・9)や、ソ連の参戦(8/8)も終戦の詔勅(8/14)が、すべて「終戦後」のできごとであったという点は見過ごしてはいけない。

 だからこそ、例えば、ポツダム宣言の「日本国民の自由に表明された意思に従って平和的な傾向をもった責任ある政府が樹立された場合には、ただちに占領軍を撤収する」という約束は沖縄には適用されなかったのだし、「終戦の詔勅」もなんの意味ももたなかったのだ。