2003年7月27日 日曜日

我謝の大綱曳き   

 久しぶりの帰郷の前日、栄徳師匠と兄弟子に連れられて、沖縄中部・西原町我謝(ガジャ)の大綱曳きを見物した。沖縄の大綱曳きは波平エリ子先生の授業で初めて知った。実際に見るのはこれがはじめて。豊年の予祝行事である。
よしゅく‐ぎょうじ【予祝行事】‥ギヤウ‥
農産物などの豊穣を祈って、あらかじめ摸擬する行事。鍬初・庭田植の類。小正月に行うものが多い。
  「予祝」は前祝ということ。先に豊年のお祝いをしてしまうことで、豊年を実現してしまおうという古代の智恵である。今日の「結婚式」も予祝行事の一種である。予祝どおりにことが進まない場合もあるが、それは予祝が不十分であったわけだ。
  豊穣の象徴はなんと言っても「性行為」である。沖縄の大綱曳きも「性行為」そのものである。綱引を勝利した村は豊年間違いなし、豊年を前祝いしあう。勝負はたいてい1勝1敗の引き分けとなる。
  東組が綱が抱え上げられた。後ろのほうは肩で担がれるが前のほうは棒で支えられる。東組の綱は「雌綱」である。綱の先端は女陰の形をしている。
  大綱には数本の「手綱」が付けられている。これを組の人々が引っ張る。。
綱には子供が三人乗る。琉球王朝時代の扮装である。
夕焼けを背景に西組みの綱が近づいてくる。こちらは雄綱であり、綱の先端の輪は男根のごとくそりたっている。左の男性は鉦で、右の男性は指笛で守り立てている。
ほら貝も吹かれる。
鉦、指笛、ほら貝、掛け声に励まされ、雄綱はいよいよ元気がいいのである。
雌綱も近づいてくる。
  これから二本の綱が合体される。(つづく)