2003年7月8日 火曜日

沖縄の民家

 松山から三線仲間西森さんが来沖。沖縄で民謡と古典の修業を続けている松山出身の佳子さん、横浜出身の「沖縄病患者」越石さん、そして我々二人というメンバーで名護へでかけた。松山に来てくれたことのあるエイサー団「やんばる船」のみなさんと旧交を温めるためだ。屋我地島の浜辺でバーベキュウ-を戴いたり、夜中の海を泳いだりして一晩交流した。翌日の帰路、「二見情話」の二見を訪れた後、以前訪れた与那城町伊計に足をのばした。同行してくれた佳子さんがメンソーレの女将さんの本家(ムトゥヤー)を案内してくれた。沖縄県だったか与那城町からだったか、保存対象としたいとの申し出があった建物だそうだ。実際すばらしい建物だった。 


家を囲む石垣。フクギが生い茂っている。ここは東南の角。


玄関のヒンプン(めかくし)は一枚岩の石板でできている。


後からみたヒンプン。


軒下。ヒノキが多用されているようだ。


母屋の西側の建物。ここも一枚岩の石板がふんだんに使用されている。


屋敷の北西の隅の豚の飼育場である。これは北中城の「中村家」のものに匹敵するすばらしい規模とつくりである。


東南の隅のフクギの下に石で作った台があった。初めてみる設備である。子供たちの踊りの稽古につかったり、夕涼みに使ったものらしい。