2003年7月5日「琉球新報」社説

 イラク法案可決・国民に説明できたのか
   言論の府の活力取り戻せ



 イラク復興支援特別措置法案が四日、衆院本会議で可決された。七日には参院での審議が始まり、今月二十八日までの今会期中には成立する見通しだという。自衛隊を、いまだに全土で戦闘が続く国に派遣するという重要な法案であり、憲法との関係など多くの問題点が指摘されながら、淡々と成立への日程が消化されていった。今回もまた、国民の疑問に真剣に応えぬまま、ただ「数」だけを頼りに進行した。ひん死状態にある「言論の府」から、次々と重要法案が成立していくことに、この国の歩んでいる道の危うさを感じる。

 イラク特措法案が、重要な問題を抱える法案だとの認識は、野党ばかりでなく与党の中にさえあった。そのことは四日の本会議場で、与党の中心である自民党、しかも党内重鎮の野中広務元幹事長、古賀誠前幹事長が、採決を拒否して本会議場を退席したことが証明している。

 野中元幹事長らは採決が、議員個々の記録が残らぬ起立採決としたことを不満としたもので、「このような重要法案は後世の批判に耐えるように、賛成、反対の記録を残すべきだ」としている。残念ながら、「重要法案」と認識し、起立した議員がどれほどいたかは疑問だ。


強弁に終始の政府


 われわれはPKO(国連平和維持活動)協力法の時、国会内で大きな議論があったことを記憶している。「国際的貢献」という大義があっても、携帯する武器を含め、自衛隊の活動の一つ一つをチェックし、憲法に違反することがないように深い議論の末、あの法案は成立した。

 だが、今回の場合はそうでない。疑問は、そのまま放置されている。「自衛隊にできることを、なぜ自衛隊がやってはいけないのか。悪いという理由がない」(小泉純一郎首相)のような乱暴な論理の延長線上で、すべてが処理されている。

 小泉首相の答弁にはこんな発言もあった。「フセイン大統領が見つかっていないからと言って、大統領が存在しなかったとは言えない」。破壊兵器が、まだ見つかってないことに答えたものだ。

 もはや、米国によって敷かれたレールを暴走する列車だ。これでは乗客は不安をおぼえる。もっと丁寧に説明するのが筋だろう。

 前述の「フセイン大統領うんぬん」は、事の発端であるイラク戦争の大義であるはずの「大量破壊兵器の発見」について答えたものだ。国連の査察継続の方針を阻み、「大量破壊兵器が存在する確たる根拠」を基に一方的に開戦し、わが国も米英の”根拠”を基に、この戦争を支持したはずだ。

 他国への「侵略」か否かの重要な判断基準は、「大量破壊兵器」の有無ではないのか。戦争の大義という最大の疑問に、「フセイン大統領うんぬん」という幼稚な論理のすり替えでかわそうとすることに、思考停止に陥ったこの国の危うさを感じる。

 こうした調子だから、これまでの審議のなかで出た答弁に、一つとして国民を説得できるものはない。


誇り持てる貢献を


 自衛隊員の生命を危険にさらすことにもなるのに、最後までイラク国内に安全な地域があるとの神話づくりに徹した。「非戦闘地域」という言葉で、あたかも戦闘とは無縁な地域が存在するかのような説明に終始した。全土で米英軍に対する襲撃がいまだに絶えず、死傷者が増え続けている。それなのに、強弁を貫く。国民が理解できる説明ではない。この状態でいけば、米英軍の後方支援にあたる自衛隊員に死傷者がでることは、容易に想像がつく。

 さらに、武器使用基準もあいまいだ。(1)自己と現場にいる隊員、管理下に入った者(他国の要員やNGOなど)を守るため使用できる(2)人に危害を与える武器使用は正当防衛・緊急避難の場合に限り可能―として、現場に判断を委ねている。果たして目前に武器を持つイラク人の姿を見た時、どう隊員が判断するのか、過酷な任務に加え難しい対応を負わされた自衛隊員が気の毒だ。

 ここ数年、こうした重大な疑問に国会が論議を尽くさなくなった。その大きな要因は、”巨大与党”の存在ではあるが、野党にも責任がないわけではない。とりわけ複雑な党内事情がある民主党には、徹底論議を避けたと思われても、仕方がない行動が見られた。

 国の在り方が基本的に問われる重要な法案を、米国に言われるままに提案し、答弁する政府と、一人ひとりで真剣に考えることもなく、法案に潜む問題点を明らかにする作業を放棄した国会。このような国がどのようにして、戦争に傷ついた国に「貢献」しようというのか。国民として誇りに思える「国際的貢献」でないことが残念でならない。