2003年6月25日 水曜日

日本共産党(JCP)最高幹部のセクハラ事件

「自共対決」というか、自民党の山崎幹事長の女性問題スキャンダルの向こうをはって、JCPの最高幹部の1人、筆坂常任幹部会員・政策委員長がセクハラ事件を起こした。筆坂氏は、なんかの酒席で、ある女性に不快を感じさせるある行為をしその女性を怒らせた。女性はどうしても許せなかったのだろう、「数日後」JCP書記局に「筆坂秀世さん(党常任幹部会委員・参議院議員)から酒席でセクハラ行為をうけ、精神的な苦痛をこうむった」とJCP書記局に訴えたのだそうだ。
  JCPは筆坂さんを中央委員から罷免した。筆坂さんは参議院議員を辞任した。この処分と本人の進退の決定は当然だと思う。しかし、気になることもいくつかあるので書いておこう。
  1. すべてが筆坂秀世さん個人の失態として処理されているがそれでいいのだろうか。JCPの党員は筆坂さん以外はこんな間違いをしないのであろうか。そんなことはない。不破議長や志位委員長はどうか知らないが、忘暮楼もふくめて男の多くは筆坂さん的傾向をもっている。JCPの中にも当然筆坂さん的男がゴマンといるはずだ。そこがJCP最高幹部たちの視野に入っているのだろうか、ということである。

  2. 別の言い方をすると、JCP内にセクハラ行為が発生する可能性を認識した上で、セクハラ防止のための制度を確立していたのだろうか、という心配である。一般の事業では事業主がセクハラ発生防止のための方針を持ち、
    ・事業主の方針の明確化及びその周知・啓発
    ・相談・苦情への対応 (相談苦情処理窓口の明確化、適切かつ柔軟な対応)
    ・事後の迅速かつ適切な対応(事実関係の迅速かつ正確な確認、事案への適切な対処)
    などの体制を確立することが義務化されている。JCP中央としても事業主なみの努力をすべきだと思うのである。筆坂問題に関するJCPの声明をみても、セクハラ防止のためのJCPの取り組みには触れられていない。そこでこのような疑念が頭をよぎったわけである。

  3. JCPとしての謝罪があいまいである。JCPとしてのお詫びは「わが党が公認候補とし、当選させていただいた国会議員が、任期の半ばでこういう形で辞職せざるをえなくなったことは、有権者、党員、支持者のみなさんの期待に背くものであり、党として申し訳ないことだと考えています。」という部分がそのすべてなのだが、いまいちはっきりしない表現だ。「申し訳ない」というのは党として謝罪するということと受け取っていいのだろうか。謝罪するのだったらJCP自身にある欠陥があったことを認めなければならないのだが、そういった雰囲気は感じられない。ここらも「個人問題」として扱おうとする傾向と関係があるのではないだろうか。

  4. 筆坂事件はJCPの最高幹部といっても、その人権意識というのはいいかげんなものだ、ということを物語っているのだが、JCPがそれを認めているかどうか。性欲は思惑(しわく)であるからその「退治」は困難だ。それに比べて人権意識は見惑(けんわく)を思想的に転回したものであるから、その気になると身につけやすい。戦争中天皇のために死ね、と教えていた教師が、日本軍が無条件降伏すると、民主主義をふりかざして顰蹙をかったのも、民主主義が見惑の否定であったからだ。