2003年6月16日 月曜日

小泉首相の頭のよさ

 6月11日の党首会談で日本共産党の志位委員長がイラクの大量破壊兵器がいまだ発見されていないことを取り上げて首相をやり込めようとしたら、小泉首相は
「フセイン大統領はいまだに見つかっていない。見つかっていないから、イラクにフセイン大統領が存在しなかったとは言えない。」
と切りかえされたという。「琉球新報」は「志位氏が一番うろたえただろう。まさか、首相がこんな幼稚な理屈を振りかざすとは」と報じていた。しかし私もこう言われたらうろたえてしまいそうである。妙に説得力があるのだ。

  落ち着いて考えてみると、フセイン大統領の「存在」とイラクの大量破壊兵器の「存在」との間には決定的な違いがある。その違いは小泉首相のご先祖の「存在」と火星人の「存在」との違いに匹敵する。

  小泉首相のご先祖の存在やフセイン大統領の存在は否定しようのない歴史的事実であるが、火星人やイラクの大量破壊兵器の存在はいくつかの事実から推論された結論であって、同じ事実から全く反対の結論を得ることも可能である。

  したがって、あたりまえのことだが、「アメリカがイラクにあると推理した大量破壊兵器はいまだ発見されていない。」という事実から推論される結論も、次の二つのうちどちらかということになる。
  1. かつて存在したイラクの大量破壊兵器はすでに処分されてなくなっているか、巧みに隠蔽されているためにまだ発見できていない。

  2. イラクに大量破壊兵器存在するとしたアメリカの推理そのものが間違っていた。もともと存在しないものは発見されようがない。
  小泉首相は、「1」が真実である、と主張したかったわけだが、「アメリカがそういっているのだから」ということ以外の根拠は挙げることが出来ない。そこで小泉首相は奇策に出た。間違いなく存在していたフセイン大統領はいまだ発見されていない事実を挙げて、存在していたかもしれないし存在していなかったかもしれないイラクの大量破壊兵器の実在の「疫学的」証明としたのである。

  首相の答弁は言ってみれば「火星人が存在しているか存在していたことは間違いない。なぜなら、私の祖先はこの世では発見できないけれどかれらが存在していなかったとは言えないからだ」と言ったにひとしい。つまりこれは、トリックといった方がいいようなすり替え答弁であったわけだ。

  首相の答弁に説得されそうになった私は、うまいもんだと感嘆すると同時に、このうようなうすっぺらな議論でその場を切り抜けようとする小泉政治に一種のこわさを感じてもいる。