2003年4月15日 火曜日
横浜事件と天皇

日本帝国崩壊の半月後から一ヵ月後にかけて、ドサクサ紛れの駆け込み処理のように、日本帝国存立の前提法であった治安維持法に基づく判決が下された。治安維持法違反事件の元被告は、昭和17年から20年の間に「日本共産党(JCP)の再建運動をした」などの容疑で逮捕された60余人のうち30人余り。戦時下最大の言論弾圧と言われる「横浜事件」である。

 元被告側は「治安維持法は天皇のポツダム宣言受諾で効力を失っているのだから、ポツダム宣言受諾以後の治安維持法に基づく判決は無効だ」と主張し、検察側は「治安維持法は10月公布の勅令で廃止されるまでは有効だった」と反論してきた。

 判決文が手に入らず目を通していないのだが、新聞に掲載された渡部治一橋大学教授の談話が興味深い。

「---前略---裁判所は、ポツダム宣言に国内法を変える効力があったのではなく、宣言の受諾で天皇が国内法を変えるように国民に"命じた"という独自の見解を展開している」
 

ポツダム宣言の提起とそれにたいする天皇の意志との関係については「押し付け憲法」論に対する伊藤悟氏の見解から学び、「私たちの生活と聖断」、 日本共産党と聖断を書いてきたが、今回の横浜地裁の判断はこれらと同じ捉え方になっている。この点今後も注目していきたい。横浜地検は即時抗告する意向らしい。