2003年4月14日 月曜日
見事な敗戦

 米軍のイラク侵略戦争が最終盤にさしかかっているらしい。私は3月31日の「見ない」で書いたように、テレビのイラク報道はほとんど見なかった。それは「大本営発表」に聞き入って者を考えるに等しいことだからだった。

 また、イラク戦争に対する私見としては3月22日に「投降を!」を書いたのみだ。フセインのために命を投げ出すのはばかばかしい。ブッシュに殺されるのは通り魔に殺されるようなものだ。だからイラクの兵士、民兵たちは投降すべきだ。そう書いた。

 私の呼びかけが届いたのか(まさかそんなことはないだろうけど…)、イラクの兵士たちは見事に姿を消した。大統領直属の民兵組織の訓練基地にはたくさんの武器が使われないまま放棄されていたそうである。これでいいのである。

 沖縄戦の日本軍は嘉数高地での40日間の激戦で10万の主力のほとんどを失ってしまった。日米の攻防戦と呼び得る交戦はこのときだった。イラク南部の激戦に相当する戦いだ。

 イラクの兵士たちはこのあとどんどん姿をくらましていったが、日本軍は参謀長長勇中将は嘉数の後方、首里の手前の浦添高地で日本軍得意の無謀な決戦に挑んだ。5月4日、本島を東西横隊で南下する米軍に対し、大砲200門の一斉砲火で12000発の砲弾を打ち込み、翌朝大規模煙幕の中、突撃を開始した。が、戦いは一日で終わった。戦死者5000人、この戦いの戦力第24師団は歩兵の60%を失ったと言う。

 この敗戦で大本営は、沖縄決戦をあきらめ、本土決戦準備に移ったのだそうだ。

 沖縄軍はこの後も天皇を守るための時間稼ぎの戦いを続け、一般県民9万4000人(推定)が犠牲となった。こんな日本軍の無意味な戦い振りと比較すると、イラクの兵士たちの失踪に叡智のようなものさえ感じてしまうのだ。