2003年4月3日 木曜日
鳥島

 東シナ海を航行する『わかなつおきなわ号』から島影が見えたのは一度だけだった。

 15時30分、進行方向左側にかなり大きな島が現れた。厨房の人に聞いてみると『硫黄鳥島』だと言う。別名『鳥島』である。写真(レストランの窓から撮ったため不鮮明)と小学館百科事典の説明を載せておく。

鳥島 とりしま

 沖縄県の最北端(沖縄本島の北方約80キロ)、東シナ海上にある、霧島火山帯の活火山島。

 島尻(しまじり)郡具志川(ぐしかわ)村に属し、第二次世界大戦後、1945〜72年(昭和20〜47)にはアメリカ軍の軍政下にあった。

 沖縄鳥島琉球鳥島、あるいは硫黄鳥島とよばれる。安山岩質の2火山が接合し、長さ(南東―北西)2.7キロ、幅1キロの島をなしている。南東側の火山は三重式で、中央火口丘は溶岩円頂丘。北西側にある島内最高の硫黄岳(217メートル)は噴石丘で、山頂火口内には数か所に硫気孔が現存する。

 有史以後も10回噴火し、最古は1664年(寛文4)、最新は1968年。すべて爆発型で、溶岩を流出したことはない。1903年(明治36)の大噴火で、全島民が久米(くめ)島へ避難し、鳥島集落をつくった。59年の噴火でも、アメリカ軍が全島民を移住させた。

 67年の小噴火では、出稼ぎの硫黄採取人夫が撤退し、以後、無人島となっている。〈諏訪 彰 小学館百科事典〉