2003年2月9日 日曜日
 正義のための戦争より…

 今週の「しんぶん赤旗日曜版」で各界の著名人がブッシュ大統領のイラクへの武力威嚇に対する批判意思を表明していた。なかでも、小沢昭一さんの発言が私の気分にぴったりだった。いわく、「正義のための戦争より、不正義でも平和」。

 ところで、ブッシュ大統領は太平洋戦争最終段階でのアメリカ軍の対日戦略をお手本としているらしい。
 天皇はポツダム宣言によって日本皇軍の無条件降伏と武装解除、日本社会の民主化、を要求され、それを拒否した場合は日本全土の破壊しかないと宣言された。天皇は自分の意志で、いわゆる「ご聖断」として、これらの要求を受け入れ皇軍は無条件降伏した。大日本帝国憲法はただちに天皇の「ご聖断」が受け入れた改革方針にそって改正された。

 我々の社会のあるレベルの民主主義と、あるレベルの平和はこの天皇の意思によって実現されたのである。それを思えば、小沢昭一さんには悪いけど、政権打倒を目的とする戦争(正義の戦争)も捨て去ることはできないのではないかという気もしてくる。

 ただし、見落としてはいけないことは、現在のアメリカには、「ならず者国家」を打倒した後を管理する能力がない、ということだ。アメリカのやり方が「後は野となれ砂漠となれ」であることはアフガニスタンのタリバン征伐で証明済みだ。

 アメリカは、対日戦において、自ら日本を占領し、かつ、「ご聖断」を下した張本人である天皇を前面に出しつつ日本の改造を進めた。しかし、今回はアメリカが、イラク改革のために元首フセインを利用することは不可能だろう。また、アメリカ軍がイラクを直接占領することは、アラブ世界の反発を招くだけでなく、米兵をテロの標的にするにひとしく、これまた不可能だろう。イラクでは、女が米兵に腕にすがり、こどもが「ギミーギミー」と米兵のジープを追っかける光景は再現されるまい。

 となると、イラクでも「後は野となれ砂漠となれ」ということになるのは必至だ。それでは、殺されたものは浮かばれない。やはり、小沢昭一さんのほうが現実的だということになりそうだ。