2003年1月22日 水曜日
 小泉首相の靖国参拝のどこが問題か

 首相の靖国神社公式参拝には二つの問題点がある。

 一つは、憲法前文に宣言されている「政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにする」という「決意」、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しよう」する「決意」との関係である。これらの決意は、1945年8月15日までに追求された植民地獲得とアジア支配のための軍事行動に対する天皇と日本国民の痛切な反省から生まれたもので、日本の国民の平和な生活にとってのみならず、アジア諸国民の平和にとっても不可欠の要件となっている。

 靖国神社は、明治以来の日本の軍事行動に参加したものの死を「天皇のための名誉の死」と信じ込ませることを唯一の目的として創建された。だからこそ帝国陸軍はこの神社を護持しつづけてきた。したがって、この特殊な神社は、帝国陸軍の崩壊とともに廃絶せしめられるべきであり、戦没者の御霊はそれぞれの家族のもとに返されるべきであったのに、一部の旧体制勢力によって守られつづけてきた。今日ではそこにA級戦犯さえ祭られている。にもかかわらず、戦争を知らない小泉首相がただ政治的信念でもって靖国神社を尊重しつづけ、アジア諸国の反感と警戒を知り尽くした上で参拝を強行しつづけているのである。この行為は憲法前文の「決意」の否定であり、アジア諸国民の「期待」への挑戦である。これが第一の問題点だ。

 もう一つは、憲法第20条との関係である。憲法20条は〔信教の自由、国の宗教活動の禁止〕を

「信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。
A何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない。
B国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。」

と規定している。

特定の宗教である神社神道への関心を呼び起こし、これに対する援助、助長、促進または他の宗教に対する圧迫、干渉等になるような、本条三項で禁止する国家機関による宗教的活動