2003年1月8日 木曜日
 伊勢神宮

 昨日の「しんぶん赤旗」が小泉首相の伊勢神宮公式参拝を報道していた。1月6日、小泉純一郎首相は、国土交通相、環境相、防災担当相を伴って、「天皇家の祖先神天照大神を祭る」伊勢神宮を参拝したそうだ。靖国神社参拝と同様に憲法違反の宗教行為である。

 同記事によると、その二日前の4日には、野党第一党民主党の菅直人代表が岡田幹事長を伴って参拝したという。与野党そろって憲法違反をやっている。日本も大変だ。

 この報道に関して同紙小林俊哉記者が署名解説のなかで、「単なる一宗教法人に過ぎない伊勢神宮への首相の参拝は、政府による特定宗教の特別視につながり、憲法の定める政教分離原則とは相容れない。首相の伊勢参拝を『年頭行事』として慣例にすることは出来ない」と論じていた。至極もっともである。    

 私もこの問題を靖国参拝違憲訴訟の集会で取り上げたことがある。靖国公式参拝で訴訟を起こしていて、伊勢神宮の公式参拝を等閑視するのは片手落ちではないこか、と。関係者の話によると、この問題は首相の靖国参拝が違憲となれば当然伊勢神宮参拝も違憲となる、ということで伊勢神宮参拝のほうは相対的には軽く扱われているということのようだった。参加していた弁護士さんは訴訟に踏み切る人がいれば応援しますよ、と語っていた。

 ところが、産経新聞は、靖国批判勢力は伊勢神宮が畏れ多くて批判できないのだろう、と思っているらしく、今日の『産経抄』がそのあたりを書きたい放題書きまくっている。調子に乗って、「新幹線の運賃やボディーガードの出張旅費なども、国費でまかなわれたに違いない」などと書いているので、いずれ伊勢神宮参拝問題を裁判で争うことになったら、このあたりを証言してもらいたいものだ。以下、産経新聞の真情が吐露された文章として、引用しておこう。それなりにおもしろい。 

正装して威儀をただした小泉首相が、六日、冬晴れの伊勢神宮に参拝した。扇国土交通相ら四人の閣僚もにぎにぎしく同行。小泉さんは参拝後、記者団に「きょうの天気のように、冷たく厳しいなかにも穏やかな年であるように祈った」と語っていた。

 ▼かくて首相の神宮参拝は正月恒例行事とはなったが、おかしいではないか。昨年四月、小泉首相が靖国神社に参拝したとき、憲法違反だ、政教分離だといって騒がれた。某仏教系や某キリスト教系の人びとは激しく抗議し、反対した。両者は同じ神道なのに「伊勢」はなぜ合憲で「靖国」はなぜ違憲か。

 ▼同行記者団から「公人か、私人か」といったばかな質問がでたという記事もなかった。新幹線の運賃やボディーガードの出張旅費なども、国費でまかなわれたに違いないのにである。

 ▼思うに、日本の歴代首相の伊勢神宮参拝をだれもあやしまないのは、それが日本の伝統文化であるからだろう。神道にはよく知られるように教義も教典もなく、定まった教祖すらない。日本の「神」はキリスト教などの神とは全く違っている。それは長い歴史のなかで日本人がはぐくんできた心性なのだ。

 ▼緑したたる神域に足を踏み入れれば、何事のおわしますかは知らねども、身の引き締まる思いになって自然と頭が下がる。そうであるなら国のために殉じた死者たちにも頭を下げて当然ではないか。どうか天皇、皇后両陛下靖国ご参拝実現の日の早からんことを願う。

 ▼神社のおまいりは右傾化でもなく、国粋化でもない。過激なナショナリズムでもなく、いわんや危険なファシズムとも無縁である。袋だたきされた首相がいたが、何のことはない日本は“神の国”、正確にいえば“神々の国”なのである。