2003年1月3日 金曜日
 アメリカの乱暴な世界支配を止めさせるために

  12月30日、朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)がNPT(Nuclear Non-Proliferation Treaty、核拡散防止条約)からの脱退を示唆した。

 北朝鮮は金日成主席の時代の1993年、一度NPTNPTの脱退を宣言し、「94年危機」の幕を切って落とした。その後、アメリカが脱退阻止に積極的に乗り出し「米朝枠組み合意」の成立を見た。

 朝鮮はこの合意によってNPT脱退を撤回するのかと思いきや、実際は脱退撤回ではなく、脱退停止を宣言した。ここらが朝鮮外交の巧妙なところである。巧妙というより、きっと読みが深いのであろう。朝鮮は将来この日があることを想定してその日のための対応を忘れなかったのだ。

 NPT(1970年3月5日発効)は、核兵器を廃絶するための条約ではない。核兵器国の核兵器独占を続けるための条約である。というより唯一の超大国となったアメリカが効率よく世界支配を続けていくための条約に過ぎないと思う。

 私は年末から年始にかけて、朝鮮の問題をあれこれ考えた。考えたといっても、お風呂の中であったり、朝のwalkingの途中であったりで、思いはまとまりようもないのだが、そんななかで、行き着いたアイデアはおかしなものであった。

  アメリカの核の傘に置かれていない国、つまりアメリカと軍事協定を結んでいない国は、核兵器をもっているほうがいいのではないか
というのである。

 1960年代の初め、アメリカがソ連や中国に対して展開していた「社会主義国封じ込め政策」に対抗してソ連が水素爆弾の実験をした。

 このとき、アメリカの水爆もソ連の水爆も人類を破滅の危機に陥れる点ではなんの違いも無い、と考える人が沢山いた。その人達は「いかなる国の核実験にも反対」というスローガンを掲げて日本の原水爆禁止運動全体がソ連の水爆実験に反対するように呼びかけた。

 一方、ソ連や中国はそれまで、またその当時も「核兵器完全禁止」と「核実験全面禁止」を世界に呼びかけていた。それはアメリカとはまったくことなる核兵器・核実験政策の提案だった。

 そのような政策を持つソ連の核実験はアメリカの核実験とは異なるものなのだと認識する勢力がいた。それは日本共産党(JCP)を中心とする勢力で「社会主義国の核実験は余儀なくされた防衛的なもの」と考えた。「容認すべき核実験」と「容認できない核実験」があるというわけだから、原水禁運動としてソ連の核実験には反対すべきではない、と主張することになる。

 私が学生のころの最大の論題だった。私の先輩たちは「ソ連や中国が核兵器を持たず、アメリカだけが核兵器を持っている事態が最悪の事態だ。それよりはソ連も中国もアメリカも核兵器を持っているほうがアメリカの勝手な行動が抑制されるのだ」と説明してくれた。私にはこれがわかりやすかった。

 40年も昔のことを取り上げたのは、「いかなる国の核実験にも反対」という考え方は、今の状況でみればどうなのか、ということが気になるからだ。(続く)