2002年12月24日 火曜日
 『歌声ペンションまーみなー』(←クリック)

残波岬灯台。琉球王国時代、那覇を発って薩摩に上る船が最初に巡る岬でした。「又も巡り会うご縁とて、招く扇や三重グスク、残波岬も後になてぃ…」
灯台付近の奇岩群。残波岬を取り巻くリーフには白い波が絶え間ない。沖は東シナ海。。
ここが「歌声ペンション まーみなー」です。料理もおいしいですよ。壁に音符が描いてありますが「まーみなー」は音符のこと。本当は「豆菜」で「もやし」のことですが、「工工四」という漢字で書いた楽譜を見慣れた沖縄の楽人がはじめて音符を見たとき「あ、これ、マーミナーだね」と言ったのだとか。
同宿の名古屋からこられた吉田さんご夫妻と一緒ににぎやかな朝食。
「まーみなー」の裏も青い海。残波岬のさきっちょにあるペンションだから当然だね。
チビチリ・ガマ(尻切れ洞窟)で私たちにこのガマでの悲劇とその原因について話してくれる、「まーみなー」のオーナー、メッセージ・シンガーの会沢芽美さん。北海道から沖縄にきて29年、ペンションを開いて4周年です。
「まーみなー」は読谷村(よみたんそん)にあります。「象の檻」の呼ばれる通信基地はこの村にあります。ここは米軍の滑走路。現在は使われていませんが、米軍基地であるにはちがいありません。写真の滑走路の果てにある大きな建物が村庁です。
村といっても人口は3万7千人。市庁ほどりっぱな役場、村庁と呼びたいほどの建物。入り口には、憲法第9条の碑が立っています。日本で唯一、米軍基地のなかに建てた村役場です。
座宜味(ざきみ)城跡。左の海と石垣の間に楚辺の「象のオリ」が見えます。会沢芽美さんが、お忙しいなか、「チビチリ・ガマ」、「象のオリ」、「米軍滑走路」、「村役場」、「座宜味城跡」、「ヤチムンの里」と案内してくれました。ありがとさん。