2002年12月23日 月曜日
 ギュージル

 「めんそーれ」は「よくいらっしゃいました」だが、「めんそーれー」は勧誘形表現で「こちらへいらっしゃい」ということである。

 
 沖縄の人たちは、その気候風土のセイもあってか、お茶好きである。昔の沖縄の年配の女たちは、通りすがりの見知らぬ人にでも「チャーウサガティ、メンソーレー」と、声をかけ、お茶のサービスをして旅人の心をなごませたものである。
(『おきなわ小話今昔』青山洋二著1994年 那覇出版社)

 沖縄にまた「いちゃれば、ちょーでー」という言葉もある。「袖触れ合うも他生の縁」よりももうすこし積極的、「行き逢えば兄弟」というのである。こういう沖縄精神が健在であることを知った。

 読谷村の「やちむん(焼物)の里」に「北釜」とよばれる地域がある。四人の作家が大きな登り窯を使って腕を磨き合っている場所だという。私はそこの展示場をぶらぶらと歩いていた。私は焼き物にはあまり興味をもっていないので、焼物よりも展示場に植えられている樹への興味のほうが強いくらいで、焼物の並べられた台の間をほんとにぶらぶらと歩いていた。

 そのとき、後ろから声がかかった。「ぎゅーじる、食べませんか」。振り返ると涼しい顔をした青年がいて
 「ぎゅーじる、どうですか」
 「ぎゅーじるっ?え、なんですか、それ」
 「まあ、どうぞ。うまいですよ。昼ご飯いっしょに食べませんか」

 こんなことから始まって、結局、細君もやってきて隣に座り、ペンションで知り合った吉田夫妻にも声をかけて、窯の青年たちが6人、私たち旅の者が4人、計10人で「牛汁」を楽しんだ。笑い声に満ちたたのしいランチになった。窯の青年たちの一人は鹿児島から来た女性、一人は北海道からきた男性。若者たちの夢もご馳走だった。

 行き会えば兄弟、沖縄はこんな言葉が生きている島である。