2002年10月16日 水曜日
日本人誘拐事件と忘暮楼

 昨日は朝鮮(DPRK)国家機関に誘拐されていた人々のうち五名の生存者が日本政府の特別機で帰国した。とりあえず、一時帰国と言うことらしい。朝鮮(DPRK)に残された家族は「人質」だと思われている。

 ここらで、この問題についての忘暮楼の認識の軌跡をたどっておきたくなった。関連記事は以下のとおりだ。忘暮楼の転機が3月12日だったことがわかる。相変わらず優柔不断だ。

2000年2月11日 新潟の少女誘拐監禁事件 拉致事件に冷ややかなまなざし
2000年4月10日 石原都知事の発言 日朝の国交が樹立されていないことが問題だ
2000年6月11日 朝鮮(DPRK)の食糧危機と拉致事件 思考停止!
2001年5月5日 金正日国防委員長の長男の密入国 拉致疑惑関係者への冷やかし気分
2002年3月12日 八尾証言 忘暮楼の転機
2002年3月13日 思惑(しわく) 朝鮮(DPRK)の拉致政策の思想的背景
2002年3月18日 有本さん誘拐事件の経過
2002年7月22日 「北朝鮮に拉致された日本人を救出するインターネットの会」ホームページへのリンクについて
2002年8月30日 小泉首相訪朝の裏舞台
2002年9月17日 金正日国防委員長が明らかにした誘拐された人々の安否情報 忘暮楼不明を恥じる
2002年9月19日 金正日国防委員長の奇策が繰り出されるか