2002年 9月 19日 木曜日

金正日国防委員長の指導力


 金正日国防委員長は交渉相手になり得ない、という主張がある。なぜなら、黄海の銃撃戦でも、誘拐事件でも、不審船でも、金正日国防委員長は部下が勝手にやったことだ、と主張しているからだ。部下や国家機関をコントロールできないものと国交樹立交渉をするのはおかしいではないか、というのである。

 これは、訪朝した小泉首相にたいする金正日国防委員長の次のような発言を踏まえている。

 金正日国防委員長

「拉致について説明したい。背景には,この数十年にわたる敵対関係がある。自分としては、1970年ー80年代に、特殊機関の一部で盲動主義、英雄主義があった。拉致の理由は、特殊機関で日本語の学習、人の身分を利用して南に入るため。私が承知するに至り、責任ある人々が処罰された。これからは絶対に起さない。遺憾なことであり、率直におわびしたい」(産経新聞2002/09/18)

 私も、金正日国防委員長に交渉能力なし、とする主張を聞いて、なるほどと思ったのだったが、よく考えるとこれはすこし乱暴な論理かもしれない。

 というのが、今日はたまたま9月18日、柳条湖事件(1931年)勃発の日であるが、このとき関東軍は独断で軍事行動を起こした。9月21日には朝鮮に駐留する日本軍(朝鮮軍)が天皇や政府の知らない間に独断越境し、戦火は南満州全体に拡大したのであった。

 この事件は確かに天皇に指導力がないことの証左となるのかもしれないが、しかし、だからといってこの一事をもって、天皇政府は外交交渉の相手にはなり得ない、と結論することは乱暴ではないかと思うのである。

 金正日国防委員長の肩をもつつもりはないが、公平ではありたいとは思う。また、この誘拐事件が頻発した時期は金日成主席の時代であったこともあまり触れられないことである。一卵性父子の印象があるから同じ穴のムジナのように受け取られるのだろう。

 金日成主席が息子の暴走に目をつぶったのか、金日成親子が部下の暴走に目をつぶったのか。いや、金日成主席が息子を暴走させたのか、金日成親子が部下を暴走させたのか。金正日国防委員長は誘拐事件の全容をあきらかにして謝罪と補償をしないかぎり、経済援助を受けられないはめに陥った。国交樹立交渉の難航が予感される。それともまたしても金正日国防委員長の奇策が繰り出されるか。

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