2002年8月 31日 土曜日
歴史教科書教科書採択問題講演会の感想

  愛媛民報のK記者から表記の件について取材があった。忘暮楼は即座に応答するのが苦手なので後でメールで送ります、ということで勘弁してもらった。ところがその約束を忘れてしまっていた。再度依頼があり、「長くてもいいです。こちらでまとめますから」ということなので、思いつくままに以下のようにしたためて送った。

  愛媛民報社からの返事。「原稿ありがとうございました。30日早朝に届いた「意をつくせませぬが」を採用させていただきました。  もちろん全文は掲載できませんが、あの膨大な文章を11字詰め50行に編集して、 愛媛/日本コリア協会 尾上守理事談話として9月8日付け1面に掲載させていただきます」との丁寧なお知らせがあった。

  新聞記事というものは、なぜかどこかに間違いがあるものであるが、この愛媛民報K記者の記事は正確無比である。以前何かの取材のときに恐れ入ったことがあった。今回も正確な記事を書いてもらえるだろうと楽しみにしている。

愛媛民報さま おはようございます。尾上です。 約束を失念しておりました。遅くなってすみません。意は尽くせませんがまずはお送りさせていただきます。

(1) 

JCP愛媛県委員会の今回の吉岡参議院議員を招いての講演会は大変有意義な企画だった。実は、しんぶん赤旗に吉岡さんの新著『史実が示す日本の侵略と歴史教科書』の広告がでるやいなや、私たち日本コリア協会理事会は、これはいい、吉岡さんを呼ぼうと衆議一決、準備に入ろうとした矢先に、JCP愛媛県委員会が同様の講演会の開催を確定したと聞いて、「やられたっ」(?)と思いつつも、そのすばやさに感服したのだった。

 愛媛県教育委員会は8月15日新設の中等教育学校三校で扶桑社版中学歴史教科書を使用することを決めてしまった。「昨年の採択との整合性」を重視していたそうなので、私たちの運動に相当の高まりがあっても、教育委員会は結局、扶桑社版中学歴史教科書を採択したのかもしれないが、広範な県民の阻止運動を構築できなかったことはやはり残念であった。

 しかし、退いて考えれば、今日の愛媛県の民主勢力の力量からすると、教育委員会の扶桑社版中学歴史教科書採択を阻止する力はないともいえる。それができるためには、教育委員会に自分の頭で考える委員が一人や二人は行っていなければならないだろう。これだけ批判の多い教科書であるから、「全会一致」などという不自然な採決ではなく、少なくとも一人か二人は異議申し立てをする教育委員がいて当然である。そういう人が一人もいないというのは教育委員の選定に相当の政治的判断が働いているということであるし、そういった政治的選定を抑える力が私たちになかったということである。

 同時に考えておかなければならないことは、今年の8月15日に、万が一、扶桑社版中学歴史教科書の不採択が決定されたらそれでよかったのか、ということである。そうなったなら、もちろん、阻止運動を進めてきた人々、支援してきた県民にとっては快哉を叫ぶに値する結果ということになるが、遠目で見てきた大多数の県民からみると、教育委員会が市民運動の圧力に屈した、と受け取られるに過ぎないとも思えるのである。

 私がそんな想像をするのも、扶桑社版中学歴史教科書の問題点の理解が、まだまだ県民のものになっていないからである。連絡会やさまざまな市民運動は、この一年、扶桑社版中学歴史教科書の内容上の問題点を県民に知ってもらうための活動に力を入れてきた。マスコミなどの取り上げ方も昨年に比べるとうんと鋭くなっている。したがって、この教科書に対する不安や批判は、昨年の同じころに比べると相当の広まりと深まりを見せていた。

 しかし、それでもやっぱりまだまだである。 そういう意味で振り返ると、JPC愛媛県委員会には、このような充実した講演会を、もっと早い時期に、しかも県下数箇所で開催するくらいの取り組みをしてもらいたかった、とないものねだりをしたくなるのである。

 教科書採択問題では政党は動きにくかった。あまり動くと、加戸知事と同じことをしていることになるからである。そういう事情は理解しているが、今回の講演会のような形式なら積極的にコミットできたわけである。この経験を今後ぜひ生かしてもらいたい。こう考えると、今回の企画はある種のすばやさはあったが、タイムリーという点では100点とはいえないのである。

 それはともかくとして、JCPの議員の中には吉岡さんのようにそれぞれの分野の豊富な知識を持っている方が多いので、今後とも、今回のような学術的な講演会を開いていただくことを期待している。

(2)吉岡さんの講演の感想に移ろう。 

  吉岡さんは中学歴史教科書採択問題の本質が「日本がたどってきた道を繰り返さないための教育か、それとも日本がたどってきた道をもう一度繰り返すための教育か」という点にあると強調しておられた。扶桑社版中学歴史教科書には問題点があまりにも多く、ついつい「ここがこうなっている‥‥ここもこうなっている‥‥」といった風にあちらこちらに目移りしてしまうのであるが、やはり、吉岡さんの指摘された視点がもっとも大事だと思う。

 そういう意味で吉岡さんが「ポツダム宣言」から説き起こされたのは我が意を得たりの感があった。というのが、扶桑社版中学歴史教科書の重大な情報操作が「ポツダム宣言」の扱いにあると最近考えていたからだ。

 扶桑社版中学歴史教科書の描く終戦は次のようになっている。

  1. 連合軍は戦争終結条件として「ポツダム宣言」を突きつけた(ただし、「ポツダム宣言」の内容については教えない)。
  2. 天皇は「聖断」によって降服による戦争終結を決意した。
  3. 占領軍が上陸し戦後改革を強引に進めた。

 扶桑社版中学歴史教科書はこうした記述によって、子供たちに「心優しい天皇」、「自分勝手な占領軍」という印象を与えようとしているのである。そのことによって、現在の日本の状況が占領軍の押し付けによって生まれたと教えたいのである。

 しかし、そうではない。この教科書で内容を教えない「ポツダム宣言」こそが戦後改革の原点であった。吉岡さんの講演が「ポツダム宣言」から始まったのはそういう意味で適切だったと思う。

 ただし、私は天皇の「聖断」の意味をもうすこし強く押し出すべきではないかと思っている。天皇の「聖断」というのは、ポツダム宣言の誠実な履行によって、日本を民主化し、日本を二度と戦争を引き起こさない国に変革するという国際的な契約によって日本の全面的な壊滅を避けようという決意であった。

  ところがたとえば、天皇が承服した「軍隊の解体」ひとつ見ても大日本帝国憲法を徹底的に改正しない限り実現は不可能だ。つまり戦争放棄の新憲法は天皇の「聖断」の実現に過ぎないのである。占領軍による戦後改革の推進も、天皇の「聖断」の実現に他ならない。

 扶桑社版中学歴史教科書はこの点を教えたくない。そこで、教育勅語をあれだけ詳しく紹介したこの教科書は「ポツダム宣言」についてはその内容を子供たちにまったく示さない。したがって「聖断」は戦争終結の「聖断」ということになってしまう。

 そうでなく「ポツダム宣言」に対する「聖断」の誠実な実行が戦後の民主社会、平和社会の出発点だったのだ。私はこのように捉えているのだがいかがであろうか。

(3) これから一般の中学校での歴史教科書採択の問題が俎上に上ってくる。扶桑社版中学歴史教科書の危険性をもっともっと県民に知ってももらいたいと思う。政党も市民団体もこの点にいっそう力を入れて生きたい。当面の最大の問題は来年の知事選だ。JCPにも思い切った柔軟路線で愛媛県政を少しでも民主化できる候補の擁立に尽力してもらいたい。