2002年 8月 16日 金曜日

扶桑社版中学歴史教科書と「聖断」

 


  8月15日付け日記で、日本共産党(JPC)綱領の戦争終結過程の分析をみた。そこでは、ポツダム宣言は言及されているが、「聖断」はまったく無視されていた。これは、戦後の「民主主義革命」を天皇の「聖断」とは無関係なものとして描こうとしているのである。

 ここで興味深いのは、例の侵略戦争美化の扶桑社版中学歴史教科書では、逆に、「聖断」は「これは異例なことだった」と感動を込めて記述しているのだが、天皇が受け入れたポツダム宣言の内容にはまったく触れていないことである。ここには、「聖断」を「日本の降伏の決断」に矮小化し、戦後の大きな政治・文化の改革を天皇の「聖断」と無関係なものとして描こうとする意図があるのであろう。

 こうしてみると、ポツダム宣言と「聖断」の関係についてのバランスの悪い解釈が、戦後史解釈における不毛の対立を生み出しているように私には思えるのである。このあたりをもう少し勉強してみたい。