2002年 8月 15日 木曜日

日本共産党と「聖断」

 

   日本共産党(JPC)は「聖断」をどう取り上げているのであろうか。当時の政治情勢に対するJPCの公式分析であるJPC綱領の一部を下に引用しておいた。

 ご覧になればすぐ気がつかれると思うが、この文書では天皇の「聖断」が見事に無視されている。「日本帝国主義は敗北し、日本政府はポツダム宣言を受諾した」とあるが、天皇個人の承諾がなければ政府が受諾できないわけだから、それを記さないということは私には一種の情報操作のような印象を受ける。

 JPCは「ポツダム宣言の完全実施」をめざしたとある。この「ポツダム宣言の完全実施」こそは天皇の契約であり義務である。ということはJPCは天皇に自分で結んだ契約を完全に履行せよ、と迫っていたことになる。「人民共和国憲法草案」もその完全履行の道筋を示したのである。

 JPC綱領が、日本共産党の戦争責任批判については反論しているのに「押し付け憲法」攻撃には触れていない理由を私は知らないが、「反ファッショ連合国」の圧力を重視し、天皇の「聖断」を無視する文脈からは「押し付け憲法」論批判は展開しにくいのかも知れない。

 
(1)---前略---
 日本帝国主義は敗北し、日本政府はポツダム宣言を受諾した。反ファッショ連合国によるこの宣言は、軍国主義の除去と民主主義の確立を基本的な内容としたもので、日本の国民的な活路は、平和で民主的な日本の実現にこそあることをしめした。これは、党が不屈にかかげてきた方針が基本的に正しかったことを、証明したものだった。また、第2次世界大戦全体のこうした結末そのものが、侵略戦争を阻止しえなかったから日本共産党にも戦争責任があるとするたぐいの攻撃の、根拠のなさをあきらかにしている。

 第2次世界大戦における日独伊侵略ブロックの敗北、反ファッショ連合国と世界民主勢力の勝利は、日本人民の解放のための内外の諸条件を大きくかえ、天皇制の支配のもとに苦しんでいたわが国人民が立ちあがる道を開いた。

 戦後公然と活動を開始した日本共産党は、ポツダム宣言の完全実施と民主主義的変革と徹底してなしとげることを主張し、天皇制の廃止、軍国主義の一掃、国民の立場にたった国の復興のために、民主勢力の先頭にたってたたかった。党が、「人民共和国憲法草案」を発表したのは、こと立場からであった。

 わが国を占領した連合軍の主力が、原爆を武器として対ソ戦争の計画を持ち新しい世界支配をねらうアメリカであったことは、日本の運命を外国帝国主義への従属というかつてない状態に導く第一歩となった。世界の民主勢力と日本人民の圧力のもとに一連の「民主化」措置がとられたが、アメリカは、これをかれらの対日支配に必要な範囲に限り、民主主義革命を流産させようとした。現行憲法は、このような状況のもとでつくられたものであり、主権在民の立場にたった民主主義的平和的な条項を持つと同時に、天皇条項などの反動的なものを残している。
---後略---