2002年 6月 26日 水曜日

備えがあれば


 沖縄県の「慰霊の日」式典に出席した小泉首相が、式典会場で「有事立法をやめろ」との怒号を浴びた。首相は式典後の記者会見で「備えあれば憂いなし」の常套句を繰り返して有事立法への執念を強調した。

 みなさんが語っておられることを繰り返すのは好きではないのだが、小泉首相のあまりの硬直した対応に何か言いたくなってくる。

 そもそも本当に「備えあれば憂いなし」なのか。私はこのいい方にはゴマカシがあると思う。本当は「備えあれば憂いなし」ではなく、「憂いあれば備えあり」なのである。「憂い」が生じてきたから「備え」をしようとするのである。

 日本はアメリカの属国である。属国なればこそ、インド洋にも出かけて米軍をアシストしようとする。敵と同盟する者は敵である。日本はアメリカが攻撃を加える相手国の敵国となり、その敵国から攻撃を受ける「憂い」が生じる。そこで有事立法だ。

 この「憂い」は自分がまいた種から生じた「憂い」である。種をまかなければ生えない「憂い」なのだ。したがって、小泉首相がやっていることは、いうなれば憲法9条を無視して隣家に火を放ち、そうしておいて、自家への類焼を避けようと「備え」ているようなもののように思えるのである。おろかしいことではないか。アメリカへの軍事的貢献をこそ止めるべきである。