2002年 6月 23日 日曜日

還暦お祝い会


 昨夜は、私の一生のなかでも最も晴れがましい一夜であった。以前『住友別子銅山で<朴順童>が死んだ』が愛媛新聞社の出版文化賞を受賞したときも晴れがましかったが、昨夜はそれ以上だった。昨夜沖縄風居酒屋「めんそーれ」の女将さん・宮尾久恵さんのお世話でお店のご常連さんが集まってくれ、私の還暦お祝い会を盛大に催してくださったのである。20人くらいの方に来てもらったのじゃないかと思う。

 皆さんから還暦祝いの記念品を頂いた。この店の超常連・牢名主格のマジキーナからでっかい箱が手渡された。中にはすばらしい沖縄グラス、ダチビン、氷り入れなどが収められていた。それだけじゃない。沖縄在住のサンシンよしこ師匠からは真っ赤な座布団を2枚もらった。がんばってサンシンを精進しなさいということだろう。

 びっくりしたのは女将さん以下5人で「エイサー」を上演してもらったことだ。忙しい人たちが1ヶ月間、この日のために(私に秘密裏で)たいこを打ちながら舞うエイサーの練習をしてくれたのだそうだ。もう感無量だった。私は本当に果報者である。

 いろんな人がサンシン片手にいろんな曲を歌ったり演奏したりしてくれた。私もまあ、歌いまくった。夢のように楽しい夜だった。

 私はみなさんに12月に100人くらいの規模で「沖縄の夕べ」をやろうや、と呼びかけた。ここに沖縄がある、といった集いにしたいものだ。もちろんいろいろなグループの沖縄芸能も総結集だ。わたしは、「めんそーれ」の女将さんと「上い口説」をやることにした。私がサンシンを弾いて歌い女将さんが踊るのである。この曲、サンシンも3本くらいなりそうだから結構迫力があるのではなかろうか。

 愛媛県下の沖縄県人も何十人もいるのではないか。以前はちょこちょこ集まる機会もあったらしいがいまは途切れているようだ。この「沖縄の夕べ」をきっかけにまた横の連絡が密になればうれしいと思う。みなさんも結構その気になってもらえたみたいだ。