2002年 5月 2日 木曜日

刑務所のトマト


今日(5/7)、喜納昌吉さんのメールマガジン「花」が届きました。購読申し込み後、初めての配信です。このなかに「第7回 すべての人の心に花を 3章 ♪愛も流れてどこどこ行くの(2)」というエッセイが掲載されています。朝から心洗われました。すばらしい文章なので、ブランクになっている5月2日を使って、メールマガジン「花」の宣伝も兼ねて(喜納昌吉さんへのいいわけ へへ )、全文ご紹介しますね。子供に対する親の信頼とはどういうものか、忘暮楼にも覚えのあることでした。          

 

    ■    ■                         2002年5月7日 第78号
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     ■    ■              喜納昌吉&チャンプルーズ  
     ■  ■                                  メールマガジン
    ■   ■■             ◆ HP ◆ http://www.champloose.co.jp
  ■ ■  ■              ◆E-MAIL◆ champloo@ryukyu.ne.jp
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                                ◆ 目 次 ◆

         ◇TV出演情報  5月12日 テレビ東京系列

         そして音楽が始まる 「花〜すべての人の心に花を」

              ◇ライブ情報  5月12日 東京 豊島公会堂
               5月26日 東京 池上本門寺

       ◇好評連載!第7回 「すべての人の心に花を」喜納昌吉  

        3章「♪愛も流れてどこどこ行くの」の2
      
       
        ◇ 【すべての武器を楽器に】ピースメーカーズ ネットワーク情報           

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       TV出演情報

    誰もが知っている名曲の数々。
  その旋律の裏に秘められた感動のドラマが
     今ここに解き明かされる。

   == そして音楽が始まる ==

    「花〜すべての人の心に花を」

  5月12日(日)夜10時54分から

   テレビ東京・テレビ大阪・テレビ愛知
テレビせとうち・テレビ北海道・TVQ九州放送

     制作 テレビマンユニオン

    制作スタッフ渾身の力作です。
      お見逃しなく!!
 
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   *** 喜納昌吉&チャンプルーズ ***
   ***    ライブ情報     ***
   ***              ***
   ***     東京       ***
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   ◎ 5月12日 東京 豊島公会堂 大ホール

       まーかいが沖縄(うちなー)

    開場 15:00
    開演 15:30 映画「復帰」
             劇「ヘンリーとマスカレード」ほか
       18:30 喜納昌吉&チャンプルーズ
              
    主催 まーかいが沖縄実行委員会
    前売り 3000円 当日 3500円
    お問い合わせ
    03−3387−4398  


   ◎ 5月26日 東京 池上本門寺

    満月の十三祭り 第2章
    喜納昌吉&チャンプルーズ
    すべての武器を楽器に in Honmon-ji
   
    開場 18:30
    開演 19:00
    主催 満月の十三祭り 運営事務局
    前売り 3500円 当日 4000円
    お問い合わせ
    03−5548−7501

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  好評連載!第7回 「すべての人の心に花を」 喜納昌吉

  3章「♪愛も流れてどこどこ行くの」の2  
       
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        天国と地獄

 1967年(昭和42年)、僕は国際大学(現・沖縄国際大学)に入学した。しかし大学に居
場所を見つけられず、次第に夜の世界に興味を持つようになった。
 父と一緒に『ハイサイおじさん』を引っさげて、コザの町のあちこちのクラブで演奏す
る。僕自身のレパートリーは少ししかないのに、どこのステージに立ってもお客さんは熱
狂しまくるのだ。僕の新鮮な個性と、父の伝統の技が合体して、なんともいえない化学反
応を起こしてしまったのだと思う。
 一晩で、2、3件の店のステージをかけ持ちすると、僕らの後を追って、お客さんも大移
動するくらいの人気があった。
 そのうち僕らも知恵がついてくる。
「自分たちで店を開いたほうがいいんじゃないか」
 それで僕はとうとう大学を中退して、民謡クラブ「ミカド」をオープンさせてしまうの
だ。
 そうするともう本当に、考えられないくらいその店が繁盛し始めた。
 それまでずっと貧乏だった僕は、あっという間に物質世界に溺れていった。
 最初はそれが、信じられないくらい楽しかった。欲しいものは何でも手に入る。家に縛
られるのはいやだったからさすがに豪邸は建てなかったけど、車でも洋服でも手当たり次
第に手に入れた。
 ミカドのほかに、テーラーやギャンブル場まで手広く経営して、コザの夜の世界では皆
が一目置くほど羽振りがよかった。
 髪の毛は茶髪。今のようにヘアカラーだとか、ブリーチだとかいうシャレたものはなか
ったので、ビールをぶっかけて髪を茶色に脱色していた。
 洋服は毎日とっかえひっかえで、足元はヒールが10センチ以上あるポックリみたいな厚
底靴で決めるのだ。
 そのころ僕がやっていたファッションが30年もたってから若者の間で花開いているな
んて、何だかとても不思議な気持ちがする。
 

      親分の車が目立たんからじゃ!

「おい、兄ちゃん。その車、どかしな」
 ヤクザが僕に凄んでみせる。
「なぜですか?」
「親分の車が目立たんからじゃ!」
 復帰前の沖縄のこと。混沌とした時代の波で、ヤクザも米兵もヒッピーも、ごちゃ混ぜ
になってひしめいていた。
 ヤクザの権威(というものがあるとすれば)もまだ地に堕ちてはおらず、彼らは車だっ
て超一流を乗り回していた。もちろんそれも目立つことは目立つのだけど、僕のほうが一
枚上手で、それこそカマロ、ムスタング、コブラ、真っ赤なトリノのオープンカーと次々
買い替え、街中で目立つことこの上ない。
 まるでアメリカ映画から抜け出してきたような、巨大ロケットみたいな車を転がしなが
ら、「ウィ〜〜〜ン、キキキキキキーッ」とタイヤを鳴らして、ヤクザの親分の車の隣に横
づけするのだから、向こうだってイヤな顔をしたくなる。彼らにとって、僕は目の上のタ
ンコブだった。
 目立つ車が好きな上、当時の僕はスピード狂で時速200キロでぶっ飛ばし、普通どんな
に空いていても30分以上はかかるコザから那覇までの道のりを、15分で走り抜けたこと
もある。
 スピードが上がって来ると、だんだん視界が狭まってきて、目の前の一点しか見えなく
なる。まさに恐怖と隣り合わせだ。そんなことをして何が楽しかったのかわからないけど、
もしかしたら僕の中に自己破壊衝動が渦巻いていたのかもしれない。
 あるとき、僕の乗るその派手な車が、目ぬき通りの交差点のど真ん中でエンストを起こ
し、止まってしまったことがあった。カッコ悪いったらありゃしないのだが、不思議なも
ので、なぜかそのとき皆に見られてちょっとゾクゾクした。
 「注目されてるんだなぁ」
 そう思うと、うれしかったのだ。
 考えてみれば、あのころから僕は少し目立ちたがり屋だったのかもしれない。


      地獄に染まって学んだこと

 ダンスパーティに連れて行かれても、どうやって女の子を誘っていいかわからず、もじ
もじするほど女性には奥手だった僕も、夜の世界では派手に遊ぶようになっていた。
 「私、お店が持ちたいの」
 「じゃあ、僕が応援するからさ」
 そうして女の子を援助したこともあった。なにしろつき合う女性の数が多くて、中には
ダンサーもいれば外国人もいた。
 二股をかける、という言葉は露骨で好きじゃないけど、あの当時の僕は愛が多くいくつ
もの愛をかけ持ちしていたから、ほかの女性との浮気がバレて修羅場を演じるということ
も一度や二度ではなかった。
 あれも時代の混沌の中に呑みこまれていたからだろうか。車、女性では飽き足らず、麻
薬にまで手を染め、遂には警察の世話になるのだから、あのころの僕は完全に舞い上がっ
ていた。
 最初は快楽が楽しくて仕方なかった。薬でトリップし、一時的な歓びに酔ったりもした。
でも次第に気づいてくるのだ。物質的なものでは、決して心は満たされない、ということ
に。
 今思うのは、少し言い方はヘンかもしれないけど、こういうことだ。
「天国を作る材料は、地獄にある」
 芽が出て、花が咲いて、実がみのれば、それは天国。でも、やがてそれが枯れると地獄
になる。地獄に堕ちたら、その土をまた耕さなければ再び天国に行くことはできない。地
獄は確かに地獄だけど、それを耕しきれたら、やがて天国に行ったときの栄養になると僕
は考えるのだ。
 今の社会にも新しい種子を入れ、耕しきれれば天国が作れるはずだ。それは僕が夜の社
会に染まりながら、学んだことのひとつだったと思う。


      刑務所で知った家族の愛

 麻薬不法所持でつかまり、刑務所に入っていったときの僕は、コザの夜の世界で麻薬・
ギャンブル・女性に溺れていたころとはうって変わって、優秀な模範囚だった。素行が悪
いと室内での作業しかさせてもらえないが、模範囚だった僕は郊外の農作業に出してもら
えた。温室の中でのトマトの栽培が僕に与えられた労働だった。土を耕し、種を蒔いて、
株分けをして、支柱になる棒を立て、水をやり、トマトを育てながら、僕は毎日つぶさに
トマトの成長の過程を眺めて過ごした。
 ときには使い方もよくわからずに農薬を撒き、それが密閉された空間に充満して中毒を
起こし、ぶっ倒れたこともある。考えてみれば危ない話だが、使い方の説明も受けさせず、
マスクもしないで作業をさせるずさんな管理体制は、今だったら訴訟問題に発展していて
もおかしくない。
 楽しみは刑務官の目を盗んで、自分が育てたトマトを食べることだった。
「トマトを食べたい」
 腹が減ると頭の中には、それしかない。
 刑務所の食事はおいしくないから、みずみずしいトマトがなんともいえずうまい。
「トマトって、こんなにおいしかったのか!」
 忘れていた大切なものを、僕はこんなふうにして思い出していった。
 夜の世界で成功し、贅沢ばかりして麻痺していた感覚は、そんな感動さえも遠くに置き
去りにしていたのだった。
 毎日毎日トマトを観察していたある日、熟したトマトが地面に落ち、そこから種がこぼ
れ落ちた。そのまま数日種を眺めていると、かわいらしい芽がちょこんと顔を出している。
そして今度はその芽が、どんどん、どんどん大きくなって、とうとう大きなトマトに育っ
た。
 そのトマトを見ながら、僕は毎日考えた。僕が最初に植えたトマトと、このトマトとは、
同じトマトではあるけど何かが違う。それは何だろう。
 最初のトマトは、ただもらってきただけの種で僕の経験は入っていないが、目の前のト
マトは僕が愛して手入れをして、その愛だの僕の経験やそそいだ愛情や、人生そのものま
でもが入っている。同じ種だけど、含んでいるものが違う。生命はこうして見えない部分
でも進化していて、種も進化しているのだ。
 種はその小さな体の中に、根も茎も葉も花もすべて含んでいて、植物が生命活動をした
結果なのだ。花が役割を終えると、実がかなり大地には種が落とされる。そして、智恵と
経験を積んだ種は、未来を包み込んだ花を開花させる。永遠に繋がる生命の循環は、緻密
な計算の上に成り立つバランスなのだ。そのことは、植物だけではなく人間にも、ほかの
すべての生命にもあてはまる普遍の真理だ。
 僕は、トマトからその事を学んだのだった。
 僕は「花を咲かそうよ」と歌いつづけるのは、花の美しさの先に未来へのカプセルであ
る種があるからだ。
 それが、僕が生命の循環や永遠というものを見ていくひとつのきっかけだった。


     慰問に来た家族とチャンプルーズ
 
 そんな日々を、僕は農作業に精を出した。
 真摯な気持ちで刑を務めながら僕は、日々再生されていく自分を感じていた。
 母は、時間の許すかぎり毎日のように面会に来た。面会のできない日は、塀の向こうの
作業場を見下ろす小高い丘から、僕を見守っていてくれた。
 「昌吉、元気にやってるかーい?」
 そういう声が聞こえてくるようだった。
 「たとえ刑務所に入ったって恥じることはないさ。あの子はワタシの子供だもの」
 母はことあるごとに僕をかばった。
 父の芸能グループが、刑務所に慰問にやって来たこともある。
 寸劇の出しものの中で、父が妹の幸子を舞台から突き落とす場面があって、ふだんなら
舞台から下りてもせいぜい2メートルも行けばすぐにステージに戻るのだが、刑務所の中
では10メートルも離れた僕のところまで駆け寄ってくる。
「お兄さん、元気かぁ」
 幸子は彼女なりの精一杯の表現で僕を励ましてくれたわけである。
「犯した罪はつぐなわないといけないさ。でもワタシは、あんたを信じていたさ。刑務所
に入っても、必ず何かを掴んでくると信じていた。あんたは何でもプラスにしていく力が
あるからね。思ったとおりあんたは成長したさ」
 その母の言葉のとおり、僕は刑務所暮らしの中で、数え切れないほど多くのものをつか
んでいったと思う。


      母の愛が扉を開けた

 刑務所の中にいるとき、『ハイサイおじさん』をレコード化したいという話が持ち上がっ
た。沖縄で爆発的に大流行した『ハイサイおじさん』を、田端義夫に同じく僕が作った『浮
気節』を歌わせたいと言ってきた。
 ところが日本コロムビアが僕と交渉したくても、本人は刑務所に入っているのだから一
行にらちが明かない。そこで母のところに話を持っていく。するとそれを聞いた母が、さ
っそく契約書をたずさえて面会にやって来たというわけだ。分厚いガラスを隔てた面会室
で、母は白い紙を僕に向かってかかげて見せた。
「昌吉。お前の歌をレコード化したい、という話がきてるけど、いいかぁ?今日はあんた
の許可をもらいに来たのさ。大丈夫。字が書けんからと言ってサインはしないさ。三文判
しか押さんから、もし万が一だまされたときは『ワタシはサインしていない』と言えばい
いでしょ。大和(本土)に行けばあんたの歌は生きるヨ!」
 そのときの母の心境は、「昌吉の歌を、なんとかして本土で育てたい」の一心だったとい
う。
 僕は黙って母の意見に従った。
 このようないきさつを経て、『ハイサイおじさん』は日本中で日の目を見ることになるの
だ。
 母の愛が扉を開いた。この事実は大きい。
 僕自身がこの歌を再びレコーディングして本土デビューを果たすのは、それからちょう
ど5年ほどたった、1977年(昭和52年)のことだった。


      口説き文句がひらめいた

 僕は昔から、女性にモノをプレゼントして口説くのは男のすることではない、と思って
いた。モノで女性を釣るなんて卑怯だと思っていたのだ。
「女性を口説くときは、堂々と口説くべきだ」
 まして僕は照れ屋だったから、好きな人とふたりきりになっても、何ひとつプレゼント
することはなかった。
 遊び盛りの高校時代、友達はダンスパーティだとかディスコとかに出かけては、「いま風」
の遊び方を身につけていた。
 ところが僕はまったくそういうことには興味がなく、高校を卒業するまで一度もダンス
ホール(今でいうディスコ、クラブのようなところ)というところに行ったことがなかっ
た。
 そんなある日、悪友たちが僕を生まれて初めてのダンスホールに連れて行ってくれたの
だ。まだ僕が、コザの夜の世界で遊び回る以前のことである。
 友達はお目当ての女性を見つけると、次々とその娘たちのところに誘いに行った。気が
つくと何人もいたグループの中で、席に残されたのは僕ひとりだけ。もちろん女性たちの
中には誰にも誘われず、退屈そうに座っている女の子もいるのだけど、そういう娘はたい
て容姿的に困った娘たちだった。
 さながら僕が壁の花ならぬ壁の雄花で、彼女たちが壁の雌花。
 残った雌花を摘むことさえできなかったのだ。


      ハッとする口説き文句

 そんな僕が最近、すばらしい口説く文句を考えたのだから大事件だ。
「今までで、一番感動したことは何ですか?」
 あるインタビューで質問されたときのこと。
「僕はね、今、この瞬間に感動しているわけさ。この歳まで生きてきて、あらゆる経験を
してきて、その頂点で今僕はあなたと会っているわけさぁ。これはもう、何にも代えられ
ないことだよね。お互いの人生の先端と尖端が触れ合っているんだから、この瞬間を逃し
ちゃいけない」
 そう言ったあと、ハッとした。我ながら、よくできた文句だと思った。
 この言葉を言っている間はまったく意識しなかったのだけど、ふっとその言葉を噛みし
めてみると、なかなかいい口説き文句じゃないかと思いついたのだ。
「お互いの人生の先端と尖端が触れ合っている」
 考えてみれば、すごく感動的なことではないか。先端より先はないのだから、まったく
これ以上の感動はあり得ない。
 心は機能より今日のほうが先を歩いている。僕はそう思っている。
 昨日より今日、1時間前より30分前、30分前より5分前、5分前よりも1分前、1分前
よりもこの瞬間、心は先を歩いているのだ。
 その先端と尖端が触れ合うというのは、考えてみれば実に劇的なことだと思う。
 残念ながら、まだこの言葉でくどいたことはないけど、女性としたらどうだろう?
 グッとくるだろうか?


      女性が輝くとき

 ところで僕は女性にひとつアドバイスを贈りたい。
 男性が女性に惹かれるのは、その人が輝いているからだ、というのはすでに述べた。
 では、どうすれば人が輝くかといえば、世間と接して、さまざまな人々と関わって刺激
を受けることで輝いていくのだ。
 しかし男性というのは厄介なもので、嫉妬深くやたらと独占欲が強い。だから惚れた女
性がその輝きをほかに向けるのを極端にイヤがるものなのだ。
「仕事をやめて欲しい」
「自分だけのために生きて欲しい」
 そういって、ほかとの接触を断つことを要求し、自分ひとりで独占したがる。
 しかし女性が、この人のことが好きだから、とその男性の言うことを鵜のみにして、社
会やほかの人々との接触を断ってしまうと、今までそこから受けてきた刺激がなくなるわ
けだから、女性の持っていた輝きはだんだん色褪せてきてしまう。すべての刺激を吸収し
オーラに変えてきた女性が、もしその輝きを失ったとしたらどうだろう?男性は輝かない
女性に興味を失い、逃げていくだろう。
 もう一度言っておこう。
 男が女に惚れるのは、その人が輝いているからなのだ。世間との接触がない女性は輝か
ない。ひとりの男に独占されてしまえば、急速に輝きを失ってしまう。
 だから世の女性は、そんな男たちにだまされないでほしい。堂々と世間と関わりながら、
色褪せない輝きを保ち続けてほしいのだ。
 そうすれば、男性はずっと惚れ続けている。
 愛はクリエイティブであっていいけど、決して独占してはいけない。だから女性たちよ、
自分の行き方を貫き、ずっと輝いていて下さい。


      愛は心で感じるもの

 30代の前半に、僕はとてつもなく落ち込んだ時期があった。
 本当に孤独で、耐えられないぐらい孤独で、何をみても涙が溢れて止まらなかった。
 ひとりでいても涙が出る。
 恋人がそばにいても涙が流れる。
 海をみても、空を見ても泣きたくなって、僕の周りのすべて、全部に向かって涙が溢れ
て仕方がなかった。
 きっと、いろいろなものを背負いこみ過ぎてしまったのだろうけど、自分の心からわき
上がってくる感情をいっしょに分かち合い、話のできる相手がいなかったのだと思う。
 僕は旅に出る決心をした。
 まずはインドへ、そしてアメリカへと、本当に美しいものは何かを求めて旅立ったのだ。
 その背景には数々のできごとがあったのだけど、ひとつだけ話せばこんなことがあった。
 僕が『すべての人の心に花を』を作る少し前のことだったと思う。ちょうどミュージシ
ャンのKがデビューしたてのころで、彼らが自然や平和、エコロジーをテーマに音楽に取
り組んでいるのを知った。
「もしかしたら、この人たちと一緒にやっていけるんじゃないか」
 期待を抱いた僕は、長野で行われたイベントに参加するため、ギター一本抱えて出かけ
ていった。
 当時、すでに彼はヒッピーの星ともいうべき存在だった。
 イベントが終わり、山の上の彼の別荘でセレモニーがある、というので行ってみると、
そこにはなんとも得体の知れない不健全な空気が漂っていた。
 それでも僕は、志しを同じくする者という期待があったから、Kに訴えかけた。
「21世紀に向かって、これから大変な時代になっていく。未来に向かって一緒に力を合わ
せてやっていこうじゃないか。日本を変えて行こうじゃないか」
 すると彼はこんなことを口にしたのだ。
「何をそんなに思い煩うんだ。風はきれいだし、星はきれいだし、ここにはすべてがある
じゃないか。何も思い煩うことなんてないよ」
 僕はがく然とした。
 確かに自然は美しい。しかし、そこに集まった人々はドラッグに手を染めてトリップし、
我を忘れた何ともおぞましい姿をさらしているではないか。
 僕にはそれが地獄の沙汰にしか思えなかった。
「この正解はいったい何だろう?もしこれが天国なら、僕は天国にはNO(ノー)と言おう」
 断固としてそう思った僕は、一刻も早くその場を立ち去ることしか考えなかった。
 考えられないくらい落ち込んで、いったい自分がどんな道を辿って戻って来たのかも記
憶にないほどなのだが、その途中で僕は、うつらうつらしていたのかもしれない。ふと人
の気配を感じて目を上げると、そこにはきれいな顔をした白髪の老人が立っていたのだ。
 老人は、いきなり僕に向かってこう言った。
「日本をよろしくお願いします」
「はい、わかりました」
 僕は思わず返事していた。
 もしかしたら、あれは夢の中の出来ごとだったのかもしれない。
 それからしばらくして、本当に美しいものを探して旅に出たのだった。


      本当に美しいものとは

 歳とともに、美しいものを感じるのは、自分の心のあり方だと思えるようになった。
 夢に経験が追いつき、どんな試練をも乗り越えられる自身がついたから、答えが出せる
ようになったのかもしれない。
 たとえば女性を見るときも、美人だからいい、というわけではなくて、自分が生きてき
た魂の世界がそれを決定していくのではないかと考えるようになったのだ。
 心の持ち方によって美しいものの形は変わっていく。
 昔僕は貧しかったから、「ミカド」が大当たりしてお金が入って来たとたん、車や洋服や
酒といった物質的な快楽に溺れていった。
 最初はそれで幸せだった。でもだんだんと、物質的なものでは人の心までは満たされな
いことがわかってくるのだ。
 地位や名誉が欲しいと思う時期もあるだろう。でも本当はそんなことは問題ではなくな
ってくる。
 安易な快楽を貪らなければ、それ以上の大きなエクスタシーが待っていることを僕は知
ってしまったのだ。
 子供と一緒にいて楽しいのは、そこに至福感があるからだ。至福感とは何かといえば、
魂が光りを見る、ということではないだろうか。
 魂が光りを求めていけば、人の心は美しいもののバイブレーションを感じとれるように
なると思うのだ。
 本当に生きている人は楽しい。みずみずしく生きている人は輝いている。その輝きに惹
かれて、人は人の美しさを発見する。
 人の心というのは不思議なもので、そこにどんなに美しい森があっても、海があっても、
心が暗かったらその風景は決して美しく見えない。
 でも、心の中に幸せがあれば、輝きを感じることができる。
 心の中に虹がかかっていれば、美しさを発見することもできる。
 本当に美しいものというのは、人間の心の中にしかないのだ。
 僕は長い旅と人生を通して、こんなことを学んできた。
「日本をよろしくお願いします」
 あのきれいな顔をした白髪のおじいさんから託された命題は、今でも僕の胸の中に生き
続けている。
 そして、約束を破らずに、ここまで歩いてきた自負が僕にはある。

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  打ち込み協力 吉 村  真 奈 美  

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 【すべての武器を楽器に】ピースメーカーズ ネットワーク(PMN) 

   参加者募集!!

 PMNは、喜納昌吉さんの提唱するメッセージ

    すべての武器を楽器に
    すべての基地を花園に
    戦争よりも祭りを
    そして
    すべての人の心に花を

 を実現するために出来たNGO(非政府組織)です。
 現在、2つの大きなプロジェクトに取り組んでいます。



  ◎すべての武器を楽器に プロジェクト

 文字通り、世界中の武器を集めて、溶かし、平和のモニュメントを建立します。
すでに2月、当時、紛争当事国のインドのフェルナンデス国防大臣を訪れ、武器の提供を
依頼したところ、大臣は直ちに賛意を示され、ナラヤナン大統領に取り次いで下さいまし
た。大統領からも趣旨に賛同する旨のメッセージをいただき、インド政府から、われわれ
NGO へ向けての武器の供与は実現に向けて大きく動いています。このことは、非常に驚く
べきことと思います。


  ◎すべての基地を花園に ちゅらさガーデン プロジェクト

 もう一つ非常に驚くべきことが起きました。自衛隊基地内の私有地の返還です。NGOの
共同代表の一人である、高江洲氏の先祖伝来の土地100坪が陸上自衛隊特殊演習場のど
真ん中であるにもかかわらず、返還されたのです(4月7日)。そして、民法上、自由な出
入りと、自由な使用目的が保証されているというのです。片やまさに有事法制が制定され
ようと言うそのときに、こんなことがあり得るのでしょうか?
すべての基地を花園にするチャンス到来です。PMNはこの土地の共同耕作者を募集して、
多くの方々と一緒に、世界中の基地を花園にする計画の第一歩を始めたいと考えています。
   
 ちゅらさガーデンの会員(PMN園芸部員)になって
 一緒に自衛隊基地の真ん中に花園を作りませんか?
 

 会員は、世界で最初の基地の真ん中の花の解放地"FreeFlwerFierd ちゅらさガーデン"
の共同耕作者として、PMNのインストラクターと共に、陸上自衛隊小禄駐屯地の中にある
"F.F.F.ちゅらさガーデン"に出入りすることが可能になります(*1)。   ちゅらさガ
ーデンでは、花や作物を植えたり、収穫祭などPMN主催の各種イベントなど、基地を花園
に変えるムーブメントに直に参加することが出来ます。また年会費の2000円(*2)
は、ちゅらさガーデンの管理運営費のほか、PMNのすべての事業の資金として活用されま
すので、たとえ沖縄に出向くことが無理な方でも、入会する事自体がこのムーブメントの
重要な支えとなります。
なお、PMN園芸部員は自動的にPMNの会員(無料)として登録されます。

年会費 2000円

*1:実際の基地への出入りについては、PMN園芸部員の規約に従ってください。
*	2:年会費の有効期限は入会日に関わらずその年度末の3月31日までとなりま
す。


PMN会員(無料)も同時に募集しています。登録していただいた方には、Eメールニュース
などPMNの活動報告が届きます。
ふるってご参加ください。

 
   === 5月15日 ===

  すべての基地を花園に ちゅらさガーデン
    
      くわ入れ!!


  沖縄の本土復帰30年のこの日、北は北海道から南は地元沖縄まで
  数百人の手により、自衛隊基地内に 花園・ちゅらさガーデンが出現します。
    また広島をはじめ各地から送られる平和の樹の記念植樹も行われます。

  すべての基地を花園に変える第一歩、いよいよスタートです。

  この日の園芸・植樹作業は、午後1時から3時半頃までの予定です。
  皆様の参加を歓迎します。希望者はメイルでご一報ください。

  連絡先:subeteno@mm.0038.net


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    HP作成などオンラインでお手伝いしてくださる方を募集中!
    詳しくは champloo@ryukyu.ne.jpまでお問い合わせ下さい。

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    皆様のこんな情報を教えて!など質問はchamploo@ryukyu.ne.jp まで
                          どしどしメール下さい。

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         す べ て の 武 器 を 楽 器 に
       All Weapons into the Musical Instruments

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