2002年 2月 12日 火曜日

三方一両損だって?


  「産経抄」が『三方一両損』を取り上げた。『三方一両損』はもともと小泉首相の いう『三方一両損』と全く話が違っている、というところまで書いておきながら、「小泉首相の『三方一両損』はいいが…ムニャムニャ…」と小泉首相なデタラメな論理に目をつぶってしまう。このあたりが「産経新聞」紙らしい。

 『三方1両損』の梗概は、

  1. Aさんが三両入った財布紛失したが、たとえば、この三両は鯨飲馬食しておなかの中に入れてしまったと思ってすっぱりあきらめた。
  2. Bさんが道で三両入った財布を拾ったが、そこは正直者、わざわざ落し主のAさんのところまで届けてやった。
  3. ところがすっかり気持ちの整理のついていたAさんは有り難い気持ちがしない。いまごろ三両でてきてももう俺には関係がねえやい、そっちでとっといてくれ、と取り合わない。
  4.  BさんはBさんで、この金はたまたま拾っただけでもともとおれのものじゃねえ、おれが受け取る筋合いじゃねえ、とAさんに押し付けようとする。
  5.  ああだこうだ言っているうちに話がすっかりこじれてしまって、そこで大岡越前守のお出ましだ。
  6.  大岡越前守は、二人のいさぎよい争いに感じ入って、公金か懐金か知らないが一両を出費して、三両の金を四両にした。そうしてこれを折半して二人に二両ずつ受け取らせた。
とまあ、こんな話だったのだが、果たして『三方一両損』になっているのか。

 Aさんは三両の損を甘受するはずだったが、変な理屈でむりやり二両を受け取らされた。こんな性格のAさんにとってこれは「一両損」というより「二両得」である。二両受け取るにしても、三両のうちの一両はBさんに御礼として渡したと思うぐらいだろうから、そうならば「損」どころか当然の出費である。

 Bさんも、今であれば10%の御礼が66%の御礼になったのだから6.6倍の「得」である。

 結局本当に「損」をしたのは、くだんの一両が公金なら奉行所、ポケットマネーならば大岡越前守、つまりは「お上」だけなのだ。

 ところが小泉流の『三方一両損』は「お上」だけが涼しい顔をして国民に塗炭の苦しみを強要しようとする。とても「三方一両損」などと呼べるしろものではないのだ。

 と、どうせなら「産経抄」はここまで書くべきだった。

 実際、国民は自分を苦しめ続けている自民党・与党のための「政党助成金」に税金を投入しているが、これなどは「落してしまった二両」より腹立たしいものだ。「公」で弁償して欲しい損害の一つだ。