2002年 2月 4日 月曜日


 入学試験の関係で子どもたちの名前に接することが多い。今回の受験生の名前でかなり目に付くのが「翔」の字で、これは全国的傾向とも一致している。

 「翔」の「羊(よう)」は「揚(よう)」に通じ「揚がる」の意。「羽」で空に揚がること、鳥が空高く飛ぶこと、と辞書は説明する。

 私の名前「守」は「立派な兵隊さんになって日本を守れ」という父親の願いで付けられたものだろう。実は私が生まれた1942年4月18日は、アメリカの機動部隊(B29の前のB25)が初めて東京を爆撃した日である。この米軍による帝都爆撃によって天皇身辺の安全確保が緊急の課題となり、日本の防衛線の拡張を期して海軍によるミッドウエィ島攻撃が決定されることになる。主上をいかにして「守」るか、日本本土をいかにして「守」るか、が当時の「キーワード」だったのである。

 さて「翔」の字に託された親の願いはどんなものだろう。私はこの名前に現代人の「焦り」のようなものを感じる。「一発勝負」といってもいい。ジャンボ宝くじに群がる民衆
(私もその一人だ (ーー;) )の気分と共通するものである。    

 それはまた小泉人気や田中人気を支える気分でもある。「ニュース23」キャスターの筑紫哲也が「80%現象」に警鐘を鳴らしていた。世論調査の結果に80%や90%などという支持率が現われることは「状況としてはファシズムだ」というのである。民衆は一発でかたづけてくれる人の到来を待っている。ファシズムは常に急進的である。

 しかし、「翔」君たちの世代の未来は、親の希望とは全く違って、そして親の予感通りに、天がける鳥のようにではなく、地を這う生き物のように重苦しい人生を送って行くことになるのではなかろうか。

 本日はややこじつけがましい文章になってしまったか。


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