2002年 1月11日 金曜日

『陳情口説(ちんじょくどぅち)』


 1955年、武装米軍によって土地を取り上げられ自分の土地から追い出されてしまった沖縄・伊江島の島民たちが、沖縄全島の県民に自分たちの苦境を訴えてまわったのだが、この運動が「乞食行進」である。この乞食行進のなかでサンシンに添えて歌われたのが島民の一人である野里竹松の作った「陳情口説(別名、乞食口説)」であった。インターネットで探ってみたが、いまではこの歌詞も手に入りにくくなっているようなので、『沖縄の民謡』(新日本出版)から転載しておく。

 なおこの歌は「上り口説(ヌブイクドゥチ)」という歌の替歌として歌われた。楽譜(工工四)を最後に載せる。

 

 

陳情口説

さてぃむ ゆぬなか あさましや

(さても 世の中 あさましや)

いせに はなさば ちちみしょり

(委細に 話しますから 聞いてください)

うちな うしんか うんぬきら

(沖縄 同胞のみなさん おねがいします) 

しきに とぅゆまる アメリカぬ

(世間に とどろく アメリカの)

かみぬ しとぅびとぅ わが とちゆ

(神の 人々が 私の 土地を)

とぅてぃ ぐんようち うちちかてぃ

(取って 軍用地に うち使って)

はるぬ まんまる かなあみゆ

(畑の まわりを 金網で)

まるく みぐらち うぬ すばに

(丸く めぐらし その側で)

てぃっぽう かたみてぃ ばん さびん

(鉄砲 担いで 番を している)

うやぬ ゆずりぬ はるやまや

(親の ゆずりの 畑や 山を)

いかに くがにぬ とちやしが

(いかに 黄金の 土地なのか)

うりん しらんさ アメリカや

(それを 知らない アメリカです)

まじゃぬ ぶらくぬ しとぅびとぅや

(真謝の 部落の 人々は)

うりから せいふぬ かたがたに

(それから 政府の 方々に)

うねげぬ だんだん はなちゃりば

(お願いの 談合をして 話したら)

たんでぃ しゅせきん ちちみしょり

(どうか 主席様 聞いてください)

わんた ひゃくしょが うみゆ とぅてぃ

(私たち 百姓が 御前に 出て)

うにげ さびしん むてぃぬ ほか

(お願い するのは ほかのことではございません)

うやぬ ゆずりぬ はたやまや

(親の ゆずりの 畑や山が)

あとぅてぃ いのちや ちながりさ

(あってこそ 命が つながります)

いすじ わが はる とぅい むるし

(すぐに 私たちの 畑を 取り戻してください)

にげぬ だんだん しっちゃしが

(お願い 談合を しましたが)

みみに いりらん わが しゅせき

(耳に 入れてくれない わが 主席)

らちん あかんさ くの しざま

(らちが あかない このだらしなさ)

うりから ぶらくぬ しとぅびとぅや

(それから 部落の 人々が)

じひとぅむ うちなぬ うしんかに

(是非とも 沖縄の 同胞に)

たゆてぃ うやびん ちちたばり

(頼って おります 聞いてください)

なあとぅ いとぅまん いしかあぬ

(那覇と糸満と石川の)

まちぬ しみうてぃ にげさりば

(町の 隅々で お願いしてきましたが)

わした うにげん ちちみせん

(私たちの お願いを 聞いてくださいました)

十一
なみだ ながらに ちちみそち

(涙ながらに 聞いてくださり)

まちぬ むどぅいぬ うなさちや

(町に戻っていかれる お情けは)

まくとぅ しんじち ありがてぃや

(まことに真実 有難うございます)

 
工 四 乙 四 

工 合工 五 七 五

てぃーむーーぬーなーかー 

工 尺 工 五 工 

さーまーしーやー

尺 上 老 上 尺 工 合

せーにーーたーらーばー

工 五 工 尺四 

ちーみーしょーりー

工 五 乙合 尺

ちーなーうーしーんーか

合 乙 四 上 四

んーぬーきーら


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