2011年4月17日 日曜日

韓国旅行中からだが弱っているのに気がついた。街を妻と一緒に歩いていると必ず次第に私が遅れるのである。帰国したら歩かなくちゃ、と思ったいたのだが今日も家から出なかった。

午前中、たまたま開いた沖縄民謡の本にあった「ハワイ節」(普久原朝喜 作詞・作曲)というのを練習して一応弾けるようになった。ぼつぼつ新しい曲に挑戦しなくちゃと思っている。「情きあてい 里前(さとぅめ) 旅 いもちあとぅや」から始まる。

午後、韓国でお世話になった申榮祐先生にお礼状を書くために、先生にいただいた『光武量案と忠州の社会経済構造』の序文くらいは読んでおかなくちゃと思って取り掛かった。序文を読むのにずいぶん時間がかかった。夜遅くなってやっと読み終えた。

以下申榮祐先生への手紙である。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

申榮祐先生へ

日本・松山市の尾上守です。

 今回、申榮祐先生にお会いし『植民地朝鮮と愛媛の人びと』への論文掲載のお礼を申し上げるためということで初めて清州市を訪れました。申榮祐先生にはお忙しいなか時間を作ってもらい、おいしいご馳走をいただきながら김양식先生、조혁연さんともども楽しい時間を過ごさせていただき本当にありがとうございました。長く忘れられない良い思いでとなりました。

 それから『光武量案と忠州の社会経済構造』をいただきましてありがとうございました。今日、序文を読ませていただきました。
序文には申榮祐先生の論文「大韓帝国期 忠北 忠州の住居事情」について、「量案に記載されている家屋の種類と面積、規模を分析し大韓帝国期の忠州の住居現況したもの。この研究は方法論上においても最初の研究であると同時に、家屋と住居現況に対する相当に衝撃的な結果を提示している。朝鮮の社会上と社会経済的事情に対する一般の認識を変えてしまう契機となることと期待される。」と書かれておりました。

 興味深い論文ですので、しろうとの私もこれから辞書と引きながら読ませてもらおうかと思っております。韓国語の勉強は、この十年くらいは妻に任せておりまして、私はほとんどしておりませんので大変ですが、頭を鍛えるためには良いと思います。

 「頭を鍛える」で思い出しましたが、私は2009年10月脳梗塞という病気にかかってしまいましてその後言語活動に不便をきたしております。それが原因で今回の旅行でも申榮祐先生たちとの話し合いに積極的に対応できなかったのが残念です。

 さて、最後に先生からご提案があった、後備歩兵第十九大隊に関する先生の論文といっしょに私の論文を使っていただく話ですが、私としてはありがたい話ですのでいまこちらの編集部のほうに許可をもらえるようお願いしているところです。二、三日うちにご返事できるのではないかと思っております。

 それではこれで失礼致します。お体を大切になさってください。