2010年6月20日 日曜日


私の記憶力の現状というのはひどい状態だ。

それを毎日痛感させられるのが食事である。食べてる間は何を食べているか分っているのだけど、その食事が私の腹の中に入ってしまい姿が見えなくなると、もう何を食べていたのか分らなくなるのである。

毎日食べたものを書き残すようにしているが、これも食べ終わったすぐあとに妻に確かめながら書いておいたものをここへ書き込むわけである。

本を読むときも似たような状況がある。読み終わってしばらくすると何を読んだのか忘れてしまっている。本には大事だと思うところに線を引いて置かなければ読んだことにならない。そしてその線を引いたところを書き残して初めて「記憶がわり」となる。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
7:00 起床
Mixiに昨日の日記を書く。

朝食のあと読書。

午後、家の南側の草引き。大体出来たが、もう少し手を入れないときれいにならない。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
梶村秀樹著作集第二巻から。

「朝鮮思想史における『中国』との葛藤」(1968・1982)「対中国事大主義の徹底的な否定も、1894年(甲午農民戦争)以後の、支配層に反対し侵略に反対する大衆運動の展開(いわゆる愛国啓蒙運動)のなかではじめて果たされた。徐載弼らの主唱によって独立協会員たちが、中国使臣を迎接する『迎恩門』を破壊して『独立門』を建造したこと(1896年)は、その象徴的事実である。1896年、年号を健陽とたて、1897年に権在衡らの上疏によって国王が皇帝と号し国号を大韓と改めたのもそのような大衆運動の要求を反映してで有っただろう。」204ページ 私は韓国国王が皇帝を称し始めた事情をここで初めて知った。みな日露戦争直前の出来事である。
「朝鮮からみた現代東アジア」(1969年・1982年)240ページまで

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
今日の食事
朝食 ごはん アサリのみそしる アジのひらき 焼きなす
昼食 ごはん サバのナンバン漬け わかめのサラダ フキの佃煮
夕食 ごはん 肉じゃが キウリとトマト サバのナンバン漬け