2010年5月18日 火曜日

昨夜22時すぎに就寝だったが、今朝は5時半にトイレに行って7時半に起床。

午前中と午後、「近代植民地都市 釜山」(坂本悠一+木村健二 著)第四章「朝鮮鉄道における軍事輸送と釜山 -シベリア出兵・満州事変を中心にー 」を再び読む。なかなか面白い。「シベリア出兵」についてまとめて読むのははじめてである。

「1918年8月から22年10月にわたるシベリア出兵の兵力規模は日露戦争以後満州事変以前では最大のもので、派兵地域もロシアにとどまらず満州北部から樺太にまで及んだ一大侵略戦争であった」(168p)とあるが、私は不勉強なことに、この出兵をごく一部の軍隊を使ったごく例外的なものと感じていた。案外、多くの国民の認識もこのようなものであるのかもしれない。

第四章は今日で二回目であるが、もう一度読んでみようと思う。

16時からTVで大相撲観戦。把瑠都が琴欧州に二敗目を喫した。15日間同じような意識で戦い続けるのは難しいことのようだ。

こんな記事があった。把瑠都の人気はなかなかのようだ。
「大相撲夏場所が行われている東京・国技館で、今場所から登場した『把瑠都弁当』が人気を呼んでいる。『白鵬弁当』など他の6種類より3倍出荷しても、早々に売り切れるという。中身はまぐろのメンチカツ、オイルサーディン、たこ焼きなど、新大関の好物ばかり。試食した把瑠都も、『どうぞ皆さん、食べてください』と話す自信作だ。力士弁当は人気者の『高見盛弁当』以外は大関昇進後にできるのが通例。」

20時に寝てしまった。

今日の食事
朝 ごはん 自製卵焼き トマト
昼 ごはん 味噌汁 切り干し大根の煮物(これが結構うまかった)
夜 ごはん 自製ゴーヤーチャンプルー(思い出せなった) 
  アマギの塩焼き キャベツサラダ


昨日の読書
「近代植民地都市 釜山」 第4章 朝鮮鉄道における軍事輸送と釜山」


大戦末期の1918(大正7)年に開始されたシベリア出兵では、派遣兵力が最大時には7万3000、のべ24万にも及び、国際的悪評以外に何の得るところもなく、九億円の戦費を費やし3000の戦死者を出して、ようやく1925(大正14)年に撤兵が完了した。

したがって、それだけですでに軍に対して強い批判が向けられるに十分だったのだが、これに加えて軍紀違反が多発したため、さらにいっそう陸軍批判が強まった。もともと軍紀違反は朝鮮、満州、天津など外地駐屯部隊で目立ったが、無名の師(大義名分のない出兵)と言われたシベリア出兵では、軍紀弛緩が避けられず、そのため軍人の非行が多く発生したのである。
原暉之氏や吉田裕氏の研究で紹介されているところによれば、下士官や兵卒で出兵目的を理解している者は少なく、官費の満州旅行気分の者が多いとの批判があるほど士気は低かった。初級将校の出す理不尽な命令に不満を漏らす兵がいると、それをすぐ社会主義者だと決めつける傾向があった。逆に、部下の反抗をおそれて、その機嫌を取る将校もあったという。ある機関銃隊では、中隊長が兵を殴ったばかりに、中隊全員のリンチを受け重傷を負うという事件が発生した。こうした軍人の非行、軍紀違反の事実はやがて噂として国内にも伝わり、陸軍批判の材料となったのである。戸部良一 「日本の近代(9)」  P.234