2010年5月15日 土曜日

朝8時起床


午前中は読書。


午後いつもの三人で、愛媛生協病院通所リハビリへ参上。


妙に疲れて早寝をした。


食事
朝 豆ごはん みそしる 豚肉の生姜焼き レタスと卵
昼 ごはん 中華スープ サラダ
夜 スパゲティ (焼酎500円分) 

ノート

第三章 関釜連絡船の輸送史上に占める位置

関釜連絡船は旅客輸送を中心とし
その比率は90%前後であった

当初は日本人を多く乗せたが
後には朝鮮人を多く乗せた

日本人は観光が主
朝鮮人は農閑期の労働が主

貨物に関しては関釜連絡船の比率は、釜山港で9%~17%
下関港ではそれより高かった
しかし、旅客の比率には遠く及ばなかった

貨物の発進元と発送先は、釜山・下関とも、1935年を例外として、ほぼ10%どまり
大部分は日本各地、朝鮮・満州各地と云うものであった。

以上、下関・釜山両港の通過港としての性格を現している