2010年4月14日 水曜日

8:00起床
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朝食のあと、斉藤隆夫政治論集に取り掛かる。
※いつもサイトウ誰だったかなあと頭をかしげるのだが、今日初めてサイトウタカオと名前まで言えた。よかったよかった。さて、

二十 フワシスト崩壊とナチスの前途(昭和18年8月)

(ムソリーニが)勢いに乗じ今回の戦争に当たりてヒットラーと手を握りたることは何といっても彼一代の大違算であり大失敗であったことは疑いない。
 もし仮に彼が参戦せずして固く厳正中立を守りたりとせば、今日のイタリーはいかなる有様であろうか。それこそ欧州大陸における中立国中の最強国として厳然たる権勢を発揮しこの機会に労せずして戦勝に勝る国家の一大発展を遂げることは疑うべき余地はない。

今日は大局より見て戦況は一変してドイツにとって決して有利でない。今後この戦争が・・・如何になろうとも、彼が断言したる如くけっきょくにおいてドイツが勝ち抜いて・・・彼のいう世界新秩序が建設せらるる如き結果の現れないことは確かである。

翻って思うに・・・我が国民の政治思想は欧米の政治思想に影響せられること実にはなはだしきものがある。前大戦直後にはデモクラシーの思想が世界を風靡したが、わが国もまた其の影響をうけて政治家は先を争うてデモクラシーを追って走り、年来微々として振るわなかった普通選挙も急に勢いを得てこの時代に実行せらるるに至った。
しかる所が二十年前、イタリーにフワシストが起こり、十年前ドイツにナチスが起きるに至りて、またもはその影響をうけ(たものがいる)。あるいは彼らは(今後)反動思想凋落の潮時を見て取ってまたもデモクラシーに転校するかもしれない。我々は眼を拭ってこれを静観しておればよい。

二十一 伊太利の降伏(昭和18年9月)

率直に言えば、イタリーは当初この戦争に参加したのが一大失策である。もし仮に参加せず厳然と固く中立を守ってきたならば、今日のイタリーはいかなるものであるか。少なくともヨーロッパ大陸における中立国中最も有力なる国としてこの戦争に対して相当の威力を発揮することができるとともに、戦わずして戦勝に劣らざる結果が得られたにそういない。

武士道といい、ローマ魂といいただ死ぬことをのい教えて生きることを教えない道はや魂であるならば、さようなものは人間社会には用はない。


二十二 大東亜共同宣言の将来(昭和19年1月)

日本は過去数十年間に侵略に侵略を重ねて今日の大国家を建設するに至った。日清戦争に当たりては支那に勝って台湾を獲得し、日露戦争に当たりてはロシアに勝ちて北樺太を獲得した。その後朝鮮をも併合し満州も支那より咲いて独立せしめたが、これらの行動は其の名義の何たるかを問わず、事実に於ては一種の侵略であるに相違ない。

二十三 大東亜戦争の原因と目的(昭和19年2月)

第一は戦争の原因。日本が支那から手を引かない限りは日米交渉は成り立つわけはない。
第二は戦争の目的。戦争の動機は日本も米国も何等異なる所はない。いずれの場合に当たりても戦争は侵略戦である。


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昼食のあと、いつもの三人で「あったかホーム」へ出かける。演奏がおわったころで、前もって予定があったらしく市議会選挙に立候補を決めている女性・小崎愛子さんがやってきて話をした。一緒にこられた岡山県旧・南光町(佐用町下徳久)町長の話も面白かった。

※小崎愛子さんのホームページを見つけました。
http://aiko9peace.blog112.fc2.com/

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帰宅後しばらくテレビを見る。
孫、息子夫妻と夕食。
孫の(えっ、だれだったかな。うーん、・・・そうだ)小花がどんどん成長しているようだ。四月に入ってからおしめが取れた。小花が自慢げにパンツを見せてくれた。

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食後二階に上がってソウルの李先生へメールを書く。李先生の日本語原稿のチェックである。5点ほど問い合わせた。発送が終わると10時になっていた。今日はここまで。

このごろベッドに入ってなかなか寝られない。眠ったのは12時前だっただろうか。