2010年4月12日 月曜日

7:00 起床 (昨夜はなかなか眠れず結局就寝は1時くらいになった。)


9時過ぎ、妻が外出。夕方まで一人である。
10時前二階に上がって昨日の作業の続きに取り組む。こうやって読んだところをまとめておくと、次にここを読んだときに、ああ、ここはこんなことが書いてあったのだ、と納得が出来る。この作業をせずに前へ進むと、ほとんど忘れてしまうのである。まあ、頭の訓練だと思って続けているしだい。

さて「斉藤隆夫政治論集」の昨日読んだところをまとめておこう。

関連年表
http://play.45.kg/hiraumi/taiheiyou.html


十八 天上より見たる世界戦争(昭和17年11月 193p~208p)

そもそもことの起こりは昭和12年7月7日北支の一角盧溝橋において支那の軍隊がわが日本の軍隊に向かって発砲したから、我がほうもこれに応砲したというのである。しかし、この辺のことは何がなんだか事実の真相はさっぱりわからない。

昭和14年12月13日発行の「週報」支那派遣軍総司令部報道部長馬渕道夫「支那事変を解決するもの」は次のように述べている。
「そもそもこの戦争は支那人、ことに蒋介石の日本に対する認識不足と日本の実力誤算から出発し、また日本の支那に対する研究不足と認識不足によって始められ、また深められてきた。極端に申せば日本人の多くは支那を日清戦争時代の支那と見縊り、近代支那の実体を把握していなかった。」

要するに日誌事変は双方の認識不足から起こったのだというのである。
それでは日本の認識不足とはなんであるか。結局それは直接に国家を背負うて戦争の衝(ショウ=要所)に当たる軍部の認識不足ということに帰着するのではないか。

いずれにせよ戦争は始まった。蒋介石は予想外に頑張る。上海が陥落しても、南京が陥落しても、武漢を一年かけてようやく攻略しても、今度は重慶に退陣して相変わらず交戦を続けている。かくのごとくして支那事変が始まってより今日まで五年有余となる。支那事変の前途はすこぶる遼遠である。

高き天上よりこれを眺めてみるとどうなるか。

(1)聖戦と称している

日本の軍隊は他国よりの侵略に対して日本を防衛し、尚進んで他国を侵略して日本の膨張発展を図るがために設けられたる道具である。この軍隊を他国の人民を救済する道具に使用するが如きは軍隊を設置する目的に反するとともに、軍隊乱用、軍隊汚辱の行為である。しかも、支那人民は日本に向かって救済などを求めてはいない。かつ日本の進撃にたいして極力抵抗を続けているのである。この事実を目前に見ながら聖戦などといえるはずがない。

日本政府は容共抗日政権を撲滅するというが、容共抗日であろうがなかろうが、これは支那国内の政治問題であるから他国の容喙すべき性質のものではない。一国に於て以下なる政策を取ろうが他国はこれに干渉する権利はない。共産主義を排斥せんとするならばその本源たるロシアを叩くのが本筋ではないか。にかかわらず中国に対してかれこれと苦情を持ち出すにいたっては全く強者を避けて弱者に食いかかる臆病者の仕業であって日本としてこれほどの恥辱はない。

蒋介石の抗日政策を非難しこれを戦争の理由としているが、蒋介石からみれば抗日政策は当然のことである。蒋介石を放任することは将来に本の為に有害であるから国家自衛権の発動として戦争を始めることは日本としてこれまた当然のことであるが、ただこの戦争をさして聖戦などと称して世情を欺き、仁義の戦争でも始めたかのように吹聴するその偽善が気に食わないのである。

支那自然の目的は、東洋の新秩序を確立するにあり、其の新秩序の内容は、善隣友好、共同防衛、経済提携であるとされているが、これがまたわけのわからぬことである。戦争は善隣友好を破るものである。共同防衛、共同防共というが、共産主義を許容するかどうかは全く支那の自由である。戦争によって得られるのは強奪であって経済提携ではない。

(2)大東亜戦に突入する

支那事変は発展して大東亜戦争となった。

徳川三百年の間・・・世界はどんなものであるか、日本の近くでどんなことが起こっ居るか全く知らない。一朝夢醒むればこの有様。そこで開国以来七十余年の間やしない来たりたるその結果が今回の戦争に現れて英米等の勢力を駆逐して日本が代わってこれを占領したにすぎない。ここで、先方が占領するのは罪悪であるが、当方が占領するのは罪悪でないとはいえまい。日本が唱導するいわゆる大東亜共栄圏の確立ということも、実は日本を本位とする共栄圏であって、他民族との平等的共栄圏でない。

大東亜戦争の目的は、・・・東亜における英米の勢力を駆逐しこれによって日本が東亜の覇権を握り、東亜民族を隷属せしめて日本の発展を図る、これが真の目的である。

(3)ヨーロッパ戦の起因

昭和11年11月、日本とドイツとの間に防共協定なるものが結ばれらがこれは何の意義と必要があるのかわからない。察するに防共は表面上の口実に過ぎずしてソ連牽制のための政治上軍事上を目的であろう。ところがドイツは日本に一言の相談もなく昭和14年8月突然ソ連と不可侵条約を締結した。是れが為に平沼内閣が総辞職した。昭和15年に日独の軍事同盟が成立するや、こんどは其の不可侵条約を破ってソ連に闇討ちを食らわしたのが今度の独ソ戦争である。馬鹿な日本人はこのようなドイツの動きに目をまわしながら、なお国際正義や道徳を叫んでいるのである。
ヨーロッパ戦争はどうなるか。いつまで続くか、いかに解決が出来るか、何人にもわからない。世の見るところによればヴェルサイユ条約は過酷にすぎるよりかむしろ寛大に失するものである。寛大であるからこそドイツに再起の余地を与えたのである。苟も戦勝者が戦敗者にむかって条約を押し付ける以上は将来再び起つことの出来ないまでのものでなければならぬ。この戦争の戦後の条約を締結するにあたってはこのことを忘れてはならない。

(4)結論

国家間の争いには裁判するものがいない。戦争が一種の裁判である。併しこの裁判は決して正邪曲直の裁判にあらずして全く力の裁判である。