2010年4月8日 木曜日

7:00 起床


10:00~11:30 昨日のホームページ作り


11:30~12:30 13:30~16:00
「斉藤隆夫政治論集」続きを読む

七 政党の解体と武士道の精神(昭和16年6月)

福沢諭吉の勝海舟、榎本武揚批判:「戦い敗れたる後に於いては狩猟たるもの世間より引退して自己の責任を明らかにすべきである」「いかなる場合に於ても敵の恩恵により手立身出世を測るべからず」であるのに勝海舟・榎本武揚は何たることか、という福沢諭吉の説を持って今日政党解消に当たれる首領などを批判する。

政党非難の原因は、第一にナチズム、ファシズムの影響である。第一次大戦のあとデモクラシーが流入しデモクラシーを語らざるものは政治家ではないが如くにいわれた。今度はナチズム、ファシズムになったのである。

第二は昭和六年の満州事変以後わが国の対外情勢が一遍して非常時代に入った。この非常時を乗り切るには独裁政治でなければならぬ、という。

第三は少数政党の多年の希望。規制大政党を攻撃しあわよくばこれを解消せしめて一大新党を作り同等の立場の政党人となりたい、とする。

政党は解消したがこの責任は政党の首領たちが負うべきである。
福沢先生の説にしたがえば、首領たちは世間より引退すべきであるが、実際は政党撲滅派に阿諛迎合して一身の安全と栄達を図ろうとしている。

八 日独伊三国同盟の利害(昭和16年6月)

昭和11年の日独防共協定から始まり翌年に成立した日独伊防共協定は実際には何もしていない。昭和14年には日本には事前の相談も無く、突如独ソ不可侵条約が発表され、ドイツ国内の共産党員の解放を行った。昭和14年8月平沼内閣は今日の国際情勢は奇奇怪怪と悲鳴を残して総辞職した。日本はヨーロッパ戦争には関係せず、そのほかいずれの国とも提携せず我が国の独力で支那事変を解決するとした。

その後ヨーロッパ戦線においてドイツの電撃作戦の向ふところは敗れざるものなく、結局残る最後の敵はイギリスとなったところで戦争は一時膠着した。

米国の参戦をけん制するために昭和15年9月に日独伊三国同盟が正式調印されるに至った。この同盟におけるドイツの真の目的は(ソ連対策ではなく)米国対策である。米国参戦の暁には日本とも戦わなければならなくなるのである。

日本にとってもこれは一大事である。日本は支那事変どころでなく、国家の興亡を賭する大戦争になるに相違ない。これほど不利益な条約はないのである。全くドイツに利用せられたと云ふより他に我々は理解することが出来ない。

今日は幸いにしてまだ日米戦争は起こらないが、仮令戦争は起こらないとしても同盟条約が日米関係の悪化に拍車を加えたことは争う余地がない。


九 帝国議会の威信(昭和16年4月)
 
内容省略


16:30~17:20
散歩をする。今日は最近いつも行く池の裏山を登ってみた。なかなか面白いコースだ。


20:00~21:30
テレビで漫画家・水木しげるの番組を見た。朝のテレビドラマの予習のような感じであった。すごい人だ。



朝食 ごはん 納豆 卵焼き みそしる
昼食 ごはん 煮魚 キムチ みそしる
夕食 豆ごはん(これはおいしかった) 卵入りおつゆ 
   キャベツと牛肉のすき焼き風煮物