2010年4月7日 水曜日

7:00 起床

9:30~12:00
「斉藤隆夫政治論集」の続き

三 世界の平和は得られるべきか(昭和16年3月)
「今回の支那事変は前二回の戦争と比較してはその規模の壮大なること、その犠牲の甚大なることは迚(とて)も同日に論ずべきものではない。しかしながらこの事変は今日に至るまで約四ヵ年継続しているが、今後幾年継続すべきものであるか、また如何に結末がつけられるものであるかは、われわれ国民には一切わからない。判らないというものの併しこの事変が今後永久に継続するものとも思われない。早かれ遅かれ事変は終結して平和の到来することは疑はないが、平和の到来したる暁に於てその平和なるものは果たして根底の強固なる真の平和であるか。即ち一時的の平和であるか永久の平和であるか、之れが今日わが日本に課せられたる大問題である。」

四 大政翼賛会に対する批評(昭和16年3月)

五 政党の解体(昭和16年3月)
「既成政党は悉く解体した。実に感慨無量である。」
「(その後愈々政党内閣があらわれ)由来わが国の政党政治家は立憲政治家としての修養が足らない。政党内閣は議会において一人でも多数の議員を有する政党が、当然政権を獲得するものと心得ている。
 固よりそれに相違ないが、併し多数の議員を獲得するにも踏むべき道がある。其の道を踏み外して非立憲なる手段を用いて多数議員を集めたからとて、其の多数に何の値打ちがあるか。
 それにも拘らず、彼らは多数を集むるが為には其の方法、手段の如何なるものかを問わない。選挙が始まれば警察官を使嗾して選挙干渉をやる。河川、港湾、道路、学校その他国民に利害関係を有する国家事業及び地方事業を利用して善良なる地方人民を誘惑し脅迫して党勢拡張をやる。政治道徳を破壊し、国民の良心を傷つくること実にいうに忍びざるものがある。・・・苟も立憲政治の下において、国民の選挙に依り国民を代表して国政を審議し、国民が唯一の頼みとする議会がかかる醜態を曝すにいたりては、国民の失望から政党不信となって現るるのは当然の次第である。」

六 支那事変を大観す(昭和16年4月)
「(支那)事変以来既に四箇年を過ぎた。当初何人と雖も事変が斯くまで長く続くものとは思って居なかったに相違ない。」


 午後、桑村、漢那のいつものメンバーで市内「あったかデイケア」へ慰問に出かける。車の手配をしてなくて車がない。妻のクルマを借りる。私の三度目の運転である。
 サクラが満開であるが、今年は花見にはならないかな。


一族集まって夕食をとる。テレビ情報など取り入れた妻の料理である。




朝食 ごはん 卵焼き(私の料理) トマト+キウリ キムチ 味噌汁
昼食 スープスパゲティ(テレビから)
夕食 ごはん 青梗菜と卵スープ ごぼうのキンピラ もう一品(忘)