2008年12月6日
第22連隊の編成

ウィキペディアに 1945(昭和20)年当時の第22連隊の編成が出ています。マモに分かるように書き直してメモしておきます。第22連隊が首里防衛をあきらめて沖縄南部に後退したときには、この陣容がわずか200人になっていたそうです。そして、糸満市真栄里付近でほとんどが「玉砕」します。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
          第22連隊
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

1)歩兵大隊(第1大隊、第2大隊、第3大隊の3個中隊)799名×3=2397名
2)歩兵砲中隊(1個中隊)人員記載なし
3)速射砲中隊(1個中隊)50名
4)連隊通信中隊(1個中隊)人員記載なし

A ーーー※ 1)の歩兵一個大隊799名の内訳
あ)大隊本部 55名
い)歩兵中隊(3個中隊:中隊長は中尉)179名×3個=537名
う)機関銃中隊(1個中隊:中隊長は中尉)137名
え)大隊砲小隊(1個小隊)70名

B ーーー※ い)の歩兵1個中隊の内訳 ーーー
1 中隊指揮班 50名
2 小隊(3個小隊:小隊長は少尉) 52名×3個=156名

C ーーー※ う)の機関銃中隊の内訳 ーーー
1 機関銃小隊(三個小隊:小隊長は少尉)

D ーーー※ え)の大隊砲小隊の内訳 ーーー
1 大隊砲分隊 分隊長以下11名で大砲1門を運用

E ーーー※ Bの歩兵1個小隊の内訳 ーーー
1 分隊(4個分隊)13名×4個=52名



上の説明では、第22連隊全体の人員がはっきりしていないので、自衛隊(松山)の渉外機関に問い合わせてみたところ、係が気持ちよく調べてくれ、次のような回答があった。

第24師団史実資料

昭和20年1月4日同令(ママ)陸甲24師団編成

によると総員は 2876名であったそうだ。
老馬新聞