2000年 12月27日 水曜日

 【転載】歴史研究者・教育者60氏アピール
   「史実をゆがめる『教科書』に
         歴史教育を委ねることはできない」 その1


   12月5日に発表された歴史研究者・教育者60氏のアピールを書写・転載する。「新しい歴史教科書をつくる会」運動の経過と問題点がわかりやすくまとめてある。一読の価値あり。

 

 「新しい歴史教科書を作る会」(以下、「つくる会」)の人々が作った「歴史教科書」(2002年度から中学校で使用)をめぐって、「強者の論理に終始」、「過去の歴史の歪曲」など、いま、そのないようを危惧する声が内外からあがっています。

 「つくる会」の人々は、1990年代半ばから、現行の歴史教科書を「自虐的だ」と非難する運動をおこし、「自国の正史を回復するため良識ある歴史教科書」をつくると宣言してきました。そして、2000年4月、自分たちが作った「教科書」の検定を文部省に申請しました。他方、まだ検定申請中であるにもかかわらず、執筆者や発行元はいわゆる「白表紙本」をテレビで見せたり、採択を促すためために事前に学校訪問をおこなったり、さらに地方議会の決議を求めるなどの運動を行ってきています。

 私たちは所定の手続きをへて教科書を発行する権利自体は、誰もが持っていると考えています。しかし、歴教科書はもとより、いずれの教科書でも、教科書であるならば求められるべき最低の基準があるはずです。それは少なくとも「教科書に虚偽・虚構があってはならない」ということではないでしょうか。

 1890年前後から1945年の敗戦にいたるまでの日本では、国家や軍の機密、あるいは皇室に関することは、たとえ事実であっても自由に話したり、記録して公表したりすることができませんでした。歴史教育の目的は、天皇に忠義を尽くす「臣民」をつくることであり、歴史教科書は子どもを「臣民」の鋳型にはめるためのものとされました。これに合致しない事実は退けられ、架空の物語が日本の歴史教育の根幹を占めました。

 こうして作り上げられた独善的で排外的な意識や思想にもとづいて、日本と日本人は戦争をくりかえし、内外に多大の犠牲を強い、ついにはあの惨たんたる敗戦を迎えるに至ったのです。私たちは誤った歴史教育が果たしたこの重大な役割を忘れることができません。

 ところが、いままた、架空の物語によって子供たちを教育しようとする「歴史教科書」が、このの本に登場しようとしているのです。「つくる会」の「歴史教科書」については、新聞などですでに報道されているように、さまざまな批判がおこなわれていますが、私たちは、とりわけ次の二点について注意を喚起するものです。

 第一は、記紀神話をあたかも歴史的な事実であるかのように記述していることです。たとえば「神武天皇の進んだとされるルート」を地図入りで示すなどして、「神武東征」をあたかも歴史的な事実であるかのように描いています。また、学問的な研究をいっさい無視して、「神武天皇即位の日」を太陽暦になおしたのが2月11日の建国記念日の日」とまで書いているのです。

 全国の学会・個人によって構成されている日本歴史学協会は、1952年から今日まで、一貫して「紀元節の復活」に反対しつづけていますが、それは学派のいかんを問わず、神話を歴史の事実とするこはできないという歴史研究者・歴史教育者の共通の認識があってのことです。