2000年 12月19日 火曜日

 『本名』 その5


 
 フロイトは、日常の些細な物忘れを取り上げている。われわれはちょくちょく物忘れをするが、それは偶然忘れるのではない。実は、忘れてしまいたいという欲望があるから忘れるのだ。その忘れたい欲望が、何かの事情で抑圧され無意識の世界に追いやられているので、偶然忘れたように思えるのだ、と分析する。

 そう言えば、大学時代の友人の名前を思い出そうとすると、たいてい、最後の一人二人の名前が浮んでこない。そして、その一人二人については、たいてい自分の心に傷を残しているいやな思い出がからんでいる。

 村人たちは、「あんたら、わしらの知らんことまでよう知っとるなあ。」としきりに感心してくれたのであるが、私には不思議に思えるばかりであった。これは、精神分析でいうところの一種の抑圧現象ではないか。

 八百年前の平家落人を語る際の確信に満ちた表情と、わずか二百数十年昔の百姓一揆に関する見事なほどの「記憶喪失」を比べる時、部落の「無意識世界」の実在を考えたくなってくるのであった。

 この喜木津の部落にも、個人の意識を超絶したある部落精神あって、この一件の記憶を村人の無意識の世界に追いやってしまっているのではないか。騒動のあとの、権力者の過酷で執拗な追及が、この騒動の記憶をタプー化してしまったのではないか。

 そして、ひょっとすると、このような部落精神のメカニズムが私の祖先をこの部落から追い出したのかも知れぬとさえ思えてくるのであった。

 私たちはビールを四本ものんでこの店を出た。そしてその足で山腹にあるJ寺をおとずれ、住職にお願いして寺の過去帖をみせてもらった。あるいは曽祖父(宮造)の父親が亡くなった時あたりに、「長男宮造」と記してあったりしはすまいかと期待していたのだが、結局それらしい記述は何も発見できなかった。
                           (1983年12月20日)