2000年 12月9日 土曜日

 「産経抄」と斉藤隆夫


  2000年の12月8日(日米開戦59周年)の「産経抄」の大意は

ルーズベルトが対日戦争を企画していたことは歴史的事実といってよい。「あの戦争は日米いずれも『正義』の戦争ではなく、太平洋の覇権をめぐるエゴとエゴの衝突、東洋と西洋との間のパワーの激突だった」(西尾幹治『国民の歴史』)のだから、日本の進歩的文化人や学校教育が日本の戦争と戦前を否定し、日本の戦争責任を言い立てるのは愚かしくも情けないことだ。
といったものだった。エゴとエゴとの対立というのはその通りだと思うが、東洋と西洋の激突というのはどう言うものだろうか。そうだとすると、1ヶ月で処理されるはずだった「日支事変」は東洋と東洋の激突だったのか。はたまた、独伊と連合国の衝突は西洋と西洋の衝突なのか。日独伊と連合国の衝突はいったい何と何の衝突だったのか。忘暮楼には飲みこめない話である。

 さて、斉藤隆夫は1943(昭和18)年9月に「支那事変大東亜戦争に対する直筆」を書いている。後半を要約すると次の通りである。

  1. この戦争(大東亜戦争=太平洋戦争)の挑発者はルーズベルトや蒋介石ではなく日本である。支那事変は今日でも日本が戦争を止めれば蒋介石も抗戦を止める。米英も蒋介石を援助する理由がなくなる。大東亜戦争も同じだ。

  2. 今回の戦争の目的は東亜の天地より米英を駆逐して十億の東亜民族を解放するにあると日本政府はいうが、これは1941年12月(大東亜戦争開始)後に作り出した話でそれ以前には想像もしなかった理屈である。仮に十億の東亜民族が米英の桎梏に苦しんでいたとしても日本がこれを救わなければならない理由はない。国家は慈善団体ではない。

  3. 東亜共栄圏は東亜民族共通の繁栄にはあらずして、日本単独の繁栄を図るがために東亜民族を日本の配下に置こうとする侵行動であり、支那事変は最も露骨なる侵略戦争である。これが悪いというのではない(ここが斉藤隆夫の社会ダーウィニズムである)。これを道義にもとづく行動だと宣伝することは世界を欺く偽善であるというのである。

  4. 余は大胆に断言する。今回の侵略戦は失敗である。イタリアはすでに脱落した。ドイツの運命も押して知るべしだ。国民の経済状態は言語に絶するものがあり、国民経済の不公平なることは全くめちゃくちゃである。政府は最上級の標語を乱発するばかりである。戦争は断じて勝てない。

  5. 結局日本は負ける。米英は無条件降伏を強要する。軍備は撤廃され、濃くないは収拾することのできない大混乱に陥る。しかして、これはいったい誰の責任であるか。一切挙げて戦争挑発者たる軍部とこれに迎合する時局便乗者の責任である。今より何年か後には余の観測は必ず的中する。

  6. そのときに打ち当らなければ彼ら戦争挑発者の夢は覚めない。しかして、彼らの夢がさめたる時は彼らは国民から葬られるときである。日本の没落は悲しむべきことであるが、彼らが葬られることはせめてもの幸福である。
これを読むと、「産経抄」の悲憤慷慨がいささか色あせて見えるではないか。