2000年 12月5日 火曜日

 「酔客のごとく」 中


 

酔客のごとく 2

 同時代の夏目漱石はどうでしょうか。

 漱石さんの皇室に対する敬愛の情には、当然同時代の日本人と共通したものがありますが、それは没理性のそれではありませんでした。付和雷同の恭順や阿諛追従を嫌悪するのみならず、皇室人の非常識を見逃すこともありません。

 漱石さんは、天皇重患の報の出る10日前の7月10日、皇后と皇太子が臨席する行啓能を見ました。山県有朋・松方正義の両元老、後に天皇に殉死することになる乃木希典も参席しています。

 漱石さんは、「臣民」どもには「見世物の如く、陛下・殿下の顔をじろじろ見る」など「無識・無礼」が多いとなじったあと、皇后・皇太子の 「非常識」に言及します。

「皇后陛下、皇太子喫煙せらる。而して我等は禁煙也。是は陛下、殿下の方で我らに対して遠慮ありて然るべし。若し、自身喫煙を差支なしと思はば、臣民にも同等の自由を許されるべし。」

 公の立場では、天子・臣民という越えがたい差別があるとしても、タバコを吸うなどというプライべ−トな行為に関しては人は全く平等であるというのが漱石さんの主張でありましょう。

 漱石さんも結構「じろじろ見」ていたようで、ついに許しがたいシーンを目にしてしまいます。

「何人が煙草を煙管に詰めて奉ったり。火を着けて差上げるは見ていても片腹痛きことなり。死人か片輪にあらざればこんなこ とを人に頼むものあるべからず。煙草に火をつけ、煙管に詰める事が健康の人に取ってどれほどの労力なりや。かかる愚なる事に人を使ふ所を臣民の見ている前で憚らずせらるるは見苦しきことなり。直言して止めらるる様に取計ひたきものなり。宮内省のもには斯程の事に気が付かぬにや」

 漱石さんはこのように皇室人やそのとりまきたちの「無識鼓」を鋭く批判しています。もっとも「直言」は結局しなかったようですが。

 現在の宮内庁にも同様の「無識」があるようです。宮内庁は、国民の「記帳」に対して、裕仁さんが「心配してくれてありがとう」と語ったと発表しましたが、「心配してくれてありがとう」で終わりなどというのは非常識もいいところです。

 「心配してくれてありがとう。心配のあまり、子どもたちの運動会やお祭りまで自粛していると聞きますが、国民の楽しみを取り上げることは私の望むところではありません」と、このぐらいのことは語ってしかるべきでしょう。裕仁さんが気がつかなければ側近が気を配らねばなりません。

 さて、7月20日、明治天皇重態が発表きれましたが、さっそく始まった「自粛」の風潮を漱石さんは次のように批判しています。この部分は、共同通信が流し、朝日新開の 「天声人語」もとりあげていますが、やはりここでも紹介しておきたい。

「七月二十日(土)晩天子重態の号外を手にす。尿毒症の由にて昏睡状感の旨報ぜらる。川開きの催し差留られたり。天子いま  だ崩ぜず。川開きを禁ずるの必要なし。細民是がため困るもの多からん。当局の没常識驚くべし。演劇其他の興行もの、停止とか停止せぬとかに騒ぐ有様なり」

 「没常識」は、80年近く経った今日も全く同じパターンで繰返されています。

 漫才師の西川のぼるさんの話。

「いつもなら九・十・十一月が一年で一番忙しい時期。それがキャンセルがあいつぐうえに、かわりの仕事が入らない。日銭だけ でくらしているのにお手あげだ。官庁が率先して催しを"自粛"するのはおかしいのじゃないですか」

 東京フィルハーモニー交響楽団も10月1日の新宿まつりでの演奏と2日の企業主催の演奏会がキャンセルされたそうです。
 ある楽団員の話

「一回の公演だけで何百万円、演奏旅行が中止になれば何千万円の被害になる。そうなれば楽団の存亡にもかかわる」

 相模原市の38歳の主婦の話

 「こどもの学校では、近く運動会がありますが、万国旗だめ、花火だめ、くす玉だめ、ということです」