明治133年11月 14日 火曜日

 県・郡


   アメリカ大統領選挙が大接戦の末の大混乱。投票用紙が規定通り作られていないとか、候補者の順序が違うとか、これでいままでの大統領選挙がよく問題なしに(あったのかな?)進捗したものだと不思議な気持ちになる。

 新聞は「フロリダ州パームビーチの再集計は19日夜までかかる」などと報じている。

 あれ、アメリカにも「」があったのか。

 ここで「郡」と訳された英語はtownやvillageの上級行政組織であるcountryやtownshipのことだろう。「郡」はもともと「群」+「邑(ムラのこと)」で村の集合体を指す言葉だからこれらの英語に「郡」を当てるのも分かりやすくていいだろう。

 さて、一方、日本の「県・郡」のほうはというと、これは 日本国憲法には全くふさわしくないアナクロニズムの用語であった。その事情は、始皇帝の「郡県制度」から説き起こすべきだが、割愛。

 今日の「県・郡」のルーツ言うでもなく1871年の「廃藩置県」にある。

 1869年に藩主たちそれぞれの版(土地)と籍(人民)の支配権を天皇に渡した。日本の土地と人民は天皇の所有物となった。藩主は天皇の土地となった藩と藩内の人民を治める「知藩事」となった。1871年には天皇政府は藩を廃して県を置いた。藩主は世襲であったが、新たに設置された「県知事」は天皇の任命によって、ある期間、ある土地とその人民(臣民)を治める。こうして天皇政府は「県郡制度」を完成し「戸籍制度」や「徴兵制度」を確立して中央集権体制を固めていった。

 つまり、「県」だの「郡」だのというものは、天皇政府の用語であり、いまもって日本の土地と人民が天皇の所有物だと言っているに等しいのだ。このごろは天皇勢力が昔の威力と利権を回復しようとのさばり始めているが、それでも、日本の土地と国民が天皇の所有物とまでは言わないだろう。天皇の臣下を意味する「大臣」と同様、苦々しい言いまわしである。苦々しいので今日の日付はは2000年をやめて明治133年としておいた。