2000年10月 27日 金曜日

 社会への出口


   今日付けの『日本経済新聞』のシリーズ物「教育を問う」Dに次のような記事があった。

 
 

進学率が97%に達した高校。現場では一部の進学校やスポーツの名門校などを除くと目的意識を喪失した無気力感が漂う。今春の就職内定率は過去最低。卒業生の半数が就職を断念したフリーターをいう高校もある。就職できないから進学する。社会への出口を失った高校は、明日の大学の姿でもある。 

 

 高校の現状をうまく表現しているように思う。

 高校の就職内定率の低下は深刻である。忘暮楼の勤務校の場合の、各年度10月16日現在採用内定率は次のようになっており、目を覆うばかりの惨状である。

 1997年1998年1999年2000年
県内企業92.1%74.7%75.6%65.2%
県外企業87.2%97.3%76.5%57.9%
県内・外合計90.7%81.7%75.9%63.9%

 これをみると、今日の高校が「社会への出口を失っている」と評価されて当然と思われるかもしれない。しかし、内定率の低下は、「97%の高校進学率」から生じたものではない。それは主として「長引く経済不況」に起因するものであって、企業の学校からの入り口が「開かずの門」になってしまっているのだ。

 経済不況による求人減傾向で実態が見えにくくなっているが、21世紀は実は労働力不足の時代である。

 大渕寛さんは『少子化時代の日本経済』(NHKbooks 1997年)のなかで

 

(労働力人口が)増加するのはあとわずか数年で、来世紀に入ると加速的に減少をはじめそうである。……労働者人口は全体として2000年まで漸増し、6873万人に達するが、それをピークとして減少に転ずる。男性のピークは2000年であるが,女性の労働力は(※女性の労働力率がかなり急速に上昇しつづけると仮定すれば)2005年までわずかながら増加する。その後はいずれも減少するが、その率は男性のほうがはるかに大きい。

(※ )は忘暮楼の補足である。

と推計している。

 いったん景気の本格的回復局面に入ったならば(ホンマにいつ入るんかなあ…)、こんどはその労働力不足が顕在化し、学校のから社会への出口はまた賑わいを取り戻すことになるだろう。

 とまあ、忘暮楼は日経新聞の記事の分析にいちゃもんをつけるわけだが、それにしても、

 

「現場では一部の進学校やスポーツの名門校などを除くと目的意識を喪失した無気力感が漂う。」

という部分はやけに臨場感のある記述である。確かに忘暮楼の在職校の現状をみても「何のためにそうするのか」といわれると答えにくいようなことに最も力が注がれている。それは「目的意識の喪失」である。「生徒がボロになってしまった。暴力を使えば解決することが多そうだがそれは禁じられている。学級担任に『丸投げ』するしかない。まあ、こんな学校でも自分のいる間はなんとかもつヤロ…」、ああ、こうなるとまさに無気力感ということになる。

 かって生徒の「三無主義」(無気力、無責任、無感動)と言うことが云々されたものだが、オイオイ、まさか教員の中にこれが復活したりしてはいないでしょうね。